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ブラックニッカ日々 2016-5-19

朝から断続的にウイスキーを飲んで昼まで眠る。
人に返さなきゃいけない ほしよりこ「逢沢りく」を一気に読む。下巻の3分の1ぐらいからずっと泣き通しで泣き疲れてまた寝る。
今になって思えばあの病気の子供と鳥は少し物語を助けすぎな気もしてきたが、あの線と、突き放したような描き方で嫌味に感じない。

胃腸の具合、戻らず。
しかしこんな時こそ脂まみれのラーメンを食べ、それに打ち勝って元気になりたい。そう思い、日本橋の「のスた」へ電車でいく。
麺半分(150g)のそのまた半分ぐらいしか食べられなくて驚いたが美味しかった。同じ系列の店が渋谷にあって良く食べてたことを思い出す。

ふらふらになって転げるように地下鉄に乗ってシカクへ行く。
発送したり企画展のアイデアを巴さんと話しあったりしてのんびり働く。

帰り道に発泡酒を買って飲んだがあまり今日はうまくなかった。

帰りの電車と家についてからの時間で図書館で借りていた内田樹「死と身体」を読み終えた。講演をまとめた本で読みやすいけど、何が書かれていたっけ…。「考えるということは簡単に結論を出さないこと。結論が出そうになったらわざと複雑にすること」みたいなところや、人間は生と死をはっきり切り分けないで、死者を長い時間かけて弔ったりお墓参りしたりし続けることで生と死の間のグレーな存在に保留しているんだ、みたいな部分が記憶に残った。

そんな流れからおとといのオザケンの話を思い出して、ずっと活動休止してまさか今みたいにライブ活動が再開されるなんて思いもよらなかった間、まるで生きてる者が死者に語りかけ続けるように昔の作品が聴かれてきたんだったなって思った(自分はそこまで聴きこんでいないけど)。なので生者としてまた目の前に現れた時はホント驚いたな。もちろん死んでなんていなくて、失礼な例えですが。

あとたまにふと、会社を辞めることと死は似てるんじゃないかと思う。自分が会社にいた時、長く勤めていた人が辞めると最初は翌日からその人がいないのがまったく信じられなくて、1週間ぐらい休んでまた出勤してくるんじゃないかと思う。でもそんなことはなくて、新しい人がその人のデスクに座って、会社の中からその人の名前が少しずつなくなって、だんだんと「そんな人いたなあ」な感覚になっていく。

自分も会社を辞めたのでそうやって「いたよなあ」的な境地へと変化していくのがわかる。で、ごくごくたまに急に前の同僚から「元気?たまには飲もうよ」とかメールが来ると、「あ、お盆ってこういう気持ちなのか」と思う。

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by chi-midoro | 2016-05-20 03:28 | 脱力
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