<< 【夏の告知】チミドロのTシャツ... ブラックニッカ日々 2016-... >>

ブラックニッカ日々 2016-7-24

昨日、今日と少し涼しくて寝ざめも良かった。

2週間前ぐらいに「辛ラーメン」の袋めん、5袋入りのをスーパーで買って、そのうち2個をこれまでに食べて、どっちもたぶんそんなに食欲がない時に食べたせいもあり、あれ?辛ラーメンってこんなに何とも思わない味だっけ、確かに昔は驚くほど美味しかった気がするのに、と感じていたのだが、おそらく辛ラーメンはアレンジの仕方、入れる具材などによって微妙に味わいが変わり、そこがうまさを左右するのではないだろうか。

そう思い、玉ねぎを刻んで煮込むことによって甘さをプラスしてみようと考えた。そうしたところ、ここ数回のうちで群を抜いて一番美味しかった。

こんな話、書いても何にもならない。
どうでもいい。
とはいえ、そう言い出したら自分のしてることすべてどうでもいいっちゃどうでもいいのであった。

梅田に用事があり、電車で行く。
ふと休憩したくなり、ルクアの11階、映画館がある階のテラスに出てみると、夏休みで混雑しているシーズンだとは思うのだが、それでも座れるぐらいたくさんベンチがあって、酒でも買ってくれば最高だなここはと思っていたら同じ階にファミマがあり、どうぞどうぞという感じでお酒を売っていた。買って飲む。風通しもよく、駅直結だし、これはいい場所みつけたなと思う。金の無い時はここで飲み会できる。

帰宅途中、天神祭りに行くために浴衣をきて電車に乗る人がたくさんいた。

原稿を書いたり、取材の申し込みの電話(これが結構ドキドキして嫌だ)などをしていたら夜になった。

自分は日大の芸術学部の文芸学科という所に通っていて、この前SEALDsのインタビュー本を読んでいたら同じ学科の生徒が何人もSEALDsに参加していて、自分の学生時代の本当に怠惰過ぎる日々との対比が申し訳なく感じたのだが、それはおいておくとして、何の就職にも結びつかなそうな大学に入ったということが山形の祖父、父方の祖父である孝一さんの耳に入った。

お盆に山形に帰省した際に、「孝一さんがお前を呼んでる」とかなんとか、誰かに急に言われたのだったか、記憶がおぼろげなのだが、祖父の部屋に行くと祖父が椅子に座っていて「どんな学校さ入ったんだ?」というので、なんとなく説明したところ、しばらく間があって「…なんだぁ、バカみたいな学校入って…」と、いつになく険のある口調で言われ、どう返していいか分からず、なぜかその時、祖父の部屋に電気がついてなくて真っ暗だった記憶があるのだが、真っ暗な部屋で祖父と俺だけ、どういう状況だそれ?と今では現実なのかすら分からない感じだ。

とにかく、祖父は商売を頑張ってきた人だったから、「お前、ふらふらしないでしっかりやれ」というつもりだったのだろう。とはいえ、山形で年に1、2回顔を合わせる祖父と東京にいる自分との関係はそんなに濃いものではなくて、いくつかの点がぽつんとあるような感じだから、場面としては印象的だけど、心にグサッと刺さったりはせず、なんだかむしろ、祖父がわざわざ俺にそんなことを言いたがっているという気持ちが痛痒いように嬉しくもあった。

その祖父は2011年の震災のあと程なくしてガンで亡くなって、葬式に行くために父の運転する車で、地震によってデコボコになったり、規制されたりしていつもより難しい道のりを山形まで向かっていった記憶がある。自衛隊の車がたくさん道路を走っていた。

祖父が亡くなる何か月か前、いとこと一緒に病院にお見舞いに行った時は、祖父はもう何もかも食べるのを嫌がって痩せており、点滴を打たれているその針を抜こうとするからといってミトンのような手袋をはめられていて、それを俺の前でしきりに口にくわえて引っ張って取ろうとするのだった。顔をしかめながら何度も何度も手袋を噛む(噛むつっても歯は無い)祖父を見ながら、「俺は最後まで自分の意志で生きたい。生きるも死ぬも自分で決めたい。本当はこんなみじめな姿をお前に見られたくはないのだ」というメッセージだと理解した。

病院の方にとっては嫌な患者だったろう。なんとも祖父らしいな、と思う。

[PR]
by chi-midoro | 2016-07-25 01:17 | 脱力
<< 【夏の告知】チミドロのTシャツ... ブラックニッカ日々 2016-... >>