<< ブラックニッカ日々 2016... ブラックニッカ日々 2016-8-4 >>

ブラックニッカ日々 2016-8-5

朝起きて家の用事を片付け、仕事のメールなど送ってうとうとしてたら昼。
知人にいただいた尾道ラーメンを食べる。

シカクへ出勤する。

神戸の「space eauuu」の野村さんが来てくれて8/12のトークイベントの話をする。
ハバナイの「モッシュピット」という映画のトークイベントで、佐伯さんと自分でやるという。
何を話せばいいやら!でも楽しみな気もする。

金原みわさんがお店にきてトウモロコシをお土産に置いてすぐ帰っていった。
生で食べられるというトウモロコシで、フルーツのような甘みがあった。

いま、シカクで進めている新しい本作りの話し合いに東京から編集の戎さんが来てくれて、
みんなで話す。そこに今度は佐伯さんが来てくれて、今日はなんだか賑やかだった。

佐伯さんから、ここ最近慌ただしかった話を聞く。また落ち着いたら飲みに行きたい。

そういうこうしているうちに18時になった。今日は香山哲さんに声をかけてもらって阪急の園田駅の近くにある「園田競馬」のナイターを見に行くのだ。

中津から園田までは電車で8分。駅から競馬場までも数分。こんな近くに競馬場があるなんて知らなかった。
競馬に詳しい戎さんに聞いたところ、園田競馬場はかなり小規模な地方競馬場だそうで、それゆえの臨場感があるという。
入ってみると、本当にレース場間際まで行くことができ、こんな距離感かと驚いた。
香山さんやお友達たちと合流し、そこから3レース、実際に馬券を買ってみる。
惜しいところで外れ、シカクでのバイト代を失ったが楽しかった。
途中で香山さんと入った場内の居酒屋も雰囲気よかった。

まるで自分の想像できないシステムで動いている小さな国にふいに来たみたいで、
いる人も場所の空気感も含め何もかも面白い。
今度はもっとゆっくりちびちび賭けながらゆっくり楽しみたい。

駅までお茶して帰る。

図書館で借りていた本の返却期限がきて、一回延長してもらって、それでまた次の期限が迫ってきたので、急いで読んだ。
「存在の現れ」の政治 と、 それでも、日本人は「戦争」を選んだ っていう2冊。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ の方は、日清戦争以降の日本の戦争について、それが起こるまでの経緯を解説した高校生向けの講義がもとになっていて読みやすい。どの戦争も単独で存在しているわけじゃなく、これはあれとつながっていて、さらにその時々の世界情勢の変化ももちろん影響して、ぜんぶが響きあって起こる。で、その都度、例えばその時の政府の中にも「戦争に踏み切るのは早計だ、外交でなんとか落としどころをみつけよう」という意見を持つ政治家もいるし、さらに、戦争しかないっていう決断をする政治家のひとりひとりの中にもどっちにも揺れ動く気持ちがあって、回避できるかも、いや…無理か…的な刻々と変化する判断の中で結局最後はそっちに流れていってしまう。

「存在の現れ」の政治 は水俣病をめぐる話で、水俣病の原因が徐々に「チッソ」という会社の工場排水に含まれている有機水銀だと分かってくるのに、企業も政府もそれを認めなくて垂れ流しが何年も止まない。で、当初は原因不明の奇病とされていて、発病した人もその家族も差別されてしまったりする。原因が特定された後も、賠償金を得るために水俣病を装う偽の患者がいる、という風に憶測で差別されたりし続けるのだが、その差別は外部からだけでなく水俣に住む人の中でも起きて、住民を分断していく。国も県も企業も責任を回避し続けて、認めたとしても、お金さえ払えば解決という態度で、さらにはその認定基準がいきなり厳しくなったり(当時環境庁長官だった石原慎太郎の名前が何度も出てくる)、被害者たちが納得いく方向には進んでいかない。

と、いう風に立て続けに読んだからかもしれないが、組織というのは一体なんなんだろうかと思う。例えば水俣病の話で、「チッソ」という企業が原因なのだけど、その中の誰が罪を犯したのかっていうのは名指しにはできず、企業の総体が良くないことをしたとしか言えなくて、被害者は一体誰を責めればいいのか、さらには地域の人に差別までされるのだから、もう憎む先がないというか。

自分の少ない経験の中の話だが、会社に勤めていた時に、例えば自分がミスをしたとしたら、同僚がフォローしてくれたりしてできる限り会社の落ち度に見えないようにかばい合うというのは普通にあって、自分がその恩を受けたらいつかそのお返しをしたいと思ったりして、組織というのは内に閉じる力、組織全体を守る力が絶対働くものだと思った。で、会社を辞めることにした時も、こんなに辞めにくいものかと驚いたのは、人員的に不足しているために、自分がいなかったらこの人が具体的に困るみたいなのが当然分かるので、結局迷惑かけられない、かけたくないから辞められないみたいなのでズルズルといた。人が複数いると、何か自分一人では制御不可能な力が働いて、それをどうすることもできない。できる人もいるのかもしれないけど自分は全然それに抗えなかった。

っていう風にやっていくと、組織ならではの変な感じ、例えば、ある人が転勤になることを自分は同じ部署なので先に知らされているけど、周りの人には言っちゃだめで、ギリギリまでシラを切らなきゃいけないとか、「何だこの茶番は!?」というようなこともたくさんあり、偉い人が数人で会議室でひそひそと話して、そこで重大なことが決まったらしいことは確かなのにいつまでも知らされないとか、誰かはそれをこっそり教えてもらって、その秘密がこっちにこっそりまわってくるみたいな、そんなことがたくさんあって、それは会社では当然のことで慣れなきゃいけないことなのかもしれないが、どうしてもなんだこれ…と思って笑ってしまうのだった。

そんなことを思い出すと、心細いけどいま一人で仕事してる方が気が楽だなと思うとともに、組織がそこに属している人みんなを満足させながら運営されるためにはどうしたらいいの、そんなことできるの?!という気持ちになってくる。離れ業みたいに思えてくる。そこに属している人だけじゃないか、国だったら、周りの国の人も納得する形じゃなきゃだめなわけで、そういう素晴らしき組織論みたいなのはどこかに書いてあるのだろうか。勉強したい。

今日は祖母の命日だ、と母から連絡がきた。

母方の祖母(祖母とか書いてるけど孫の俺たちも含めみんな「かあちゃん」と呼んでいた)を思い出すときはいつも、近所の神社までの道を歩く後姿が思い浮かぶ。あの後姿の良さを思い出しながら寝る。

[PR]
by chi-midoro | 2016-08-06 01:22 | 脱力
<< ブラックニッカ日々 2016... ブラックニッカ日々 2016-8-4 >>