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ブラックニッカ日々 2016-9-2

朝、起きて仕事をしていたら電話があり、
今日取材の約束をしていたはずのお店からだった。
俺が日時を指定しておいて忘れてしまっていた…。ひどい。
先方は穏やかに応対してくれたが、今日はもう時間的に難しいとのことだったので、
謝って謝って日時を変更してもらった。
ダメ過ぎて落ち込む。

昼は家で袋めんを茹でて食べる。
入れる具が何もなくて、海苔だけはたくさんあって、それを山ほど入れたら本来の味わいを海苔が覆い尽くしてしまい、なんだかよく分からないものになってしまった。

チャリでシカクへ。
暑い。
黙々と作業をして20時半ごろ店を出る。

途中で一缶発泡酒を飲んでいたらチミドロのイッチーからテクマ!さんの訃報についてLINEに連絡があり、え!え!えええ!と思う。
心不全だという。

確かに音楽ニュースの記事になっているし、帰ってツイッターを見てみたらみんなそれについて書いていて、本当なんだなーと思うが、あまりに急なことで飲み込めない。といったって、ここ数年会えてなかったし、いつも連絡を取り合うような距離ではなくて、だけどいつも存在感があったしそれを感じながら生きているような。
この前、新宿Motionの楽屋でチミドロ面々とだべっているときに、楽屋の上の方にテクマ!さんの写真(ポスターか)が貼ってあって、それに見下ろされながらしゃべっていたのだが、まさにそんなような、ライブハウスどこ行ってもテクマ!さんのポスターを見たりするし、直接会わなくてもいつも存在を感じていた気がする。

それにしても、人は急にいなくなってしまう。

生きている人でも、気付けば何年も会ってなくてこのまま一生会わないのかもしれないし、いや、そもそも、みんなそれぞれ忙しい中でタイミングがあって一度か二度飲んだり言葉を交わしたりできるだけでもう十分なのかもしれない。

テクマ!さんのイベントに立て続けに呼んでもらっていた2010年の写真データは、今は使ってない古いパソコンに入っていて、久々に起動してその頃の写真を見ていたら、テクマ!さんと一緒に撮った写真は全然なく、確かに恐れ多くて「写真いいっすか!」みたいにはとてもじゃないが言えなかったその頃の気持ちを思い出した。

でも一緒にカラオケ行ったり、二人だけで新宿のワタミかなんかで飲んだり、ライブで一緒に曲をやらせて(なんつうとかっこつけだな。カラオケのトラックを流して一緒に歌っただけなのだが)もらったり、楽しかった。ゆうばり映画祭に出ない?と声をかけてくれたのもテクマ!さんであった。ここ数年では、「味園ユニバース」の映画が公開される前ぐらいの時期に大阪に長期滞在してるから飲もうみたいな話になりかけてタイミングがあわなかったことがあった。今思えばそれが残念だ。

で、そういう流れで2010年頃の日常の写真をバーッとみていたら、当然、もう会えなくなった人や閉店した店などがたくさん出てきて、感傷的な気持ちになるのだった。いや、感傷的っていうか、飲み込めないような不思議な感じ。父方の祖父も、母方の祖母もその頃は生きていて、死ぬなんて思ってもいなかった。ただただ、時間って、時間すげえよって思う。たった6年前のことでもずいぶん遠い。

いつ死んでもいいように部屋を片付けたい、荷物を減らしておきたいと思うけど、結局自分がまさか明日あさって死ぬとは思っていないからこうしてだらだらやっている。ってみんなそこは同じなんだから、まあ仕方ないか。

うんざりするぐらい物の多い散らかった部屋だが、そんなんでも回収業者にお願いすれば驚くほど簡単に片付くものだとも聞く。寂しいようでも清々しいようでもある。

死ぬっつうのはどんな感じなんだろう。

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by chi-midoro | 2016-09-03 04:16 | 脱力
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