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ブラックニッカ日々 2016-9-20

イ・ランの「神様ごっこ」というCDを通販で買ったのが届く。
部屋でかけるとなんか空気がシュッと引き締まる気がする。

「私はガス室の「特殊任務」をしていた」を読んだ。強制収容所で働かされていた「ゾンダーコマンド」の数少ない生き残りのシュロモ・ヴェネツィアという人のインタビューが中心になった本。この本が「サウルの息子」の大部分の引用元になっていたのがわかる。

こうして証言して本になっているから当然なのだが、シュロモ・ヴェネツィアは生き延びたわけで、そう思って読むと辛い描写もなんとか読める。本を読みつつネットでも検索してホロコーストについて色々な記事を読んだのだが、「こんなにひどいことがなぜできるんだ」といくら思っても、確かにこれは人間が考えて人間が成し遂げたことであり、こういったことが思考可能だという事実は揺るぎない、というようなことを書いてる記事があって、確かに、誰か一人が狂気に任せてやったこと、とかではなく、大勢の人がこの考えに巻き込まれて力を結集させたからこそ、こんな大惨事が起きたのであり、人間の心のどこかにこんなことできるスイッチもあるということなのかと思うとおそろしい。

で、そう思って考えてみるに、相手を意志があり記憶がある人間だと思ったらこんなことできるわけなくて、段階を経て徐々に相手がただの物だと、シューティングゲームの敵のゾンビだみたいに思っていくように仕向けられていたんだろうなと思う。本の中には、ガス室での処理が終わり、収容された人が全員死んだあとに、母親の体から母乳を飲もうとする赤ちゃんがまだ奇跡的に生きていて、それを看守が拳銃で殺すという場面が出てくるのだが、そんなことも、普通思う人の心のイメージからは遠くかけ離れていて、とはいえその看守にも、孫が生まれたのを喜びと共に抱きかかえるみたいな心情は普通にあるんだろう。だからたぶん、思っているより人間のモラルは弱くてどうにでも動かせてしまうものなんだろう。これが100年も経ってない前のことなのだ。人間の良識なんて全然ちゃんとしてない。怯えて怯えて怯えまくっておきたい。

台風で取材が延期になり、横になって秘密博士のDVDを見ることのできる幸せな時間がおとずれた。
80年代のCMが延々流れるDVD。寝汗かいてうなされる。
前に友達が家に遊びに来た時に、明け方みんな寝てる時にもこのDVDを流しっぱなしにしていて
「なんかうなされた」とみんな言っていた。
80年代のCMはどれもやたら大げさに見える。めちゃくちゃ踊りまくるチューハイのCMとか。
それが笑えるんだが、だんだんとトホホ……という感じになってきて、最後は悪夢のようになってくる。
たまらない。

パリッコさんが教えてくれた90年初頭の東京の街の映像がYOUTUBEに上がってるやつのコメント欄に、
「声の出し方や動作も今とは違うように見える」というようなことを書いている人がいて、
見ていると本当にそうなのだ。
70年代、80年代、90年代それぞれ声の出し方と動作が異なっている。
(一番それを感じるのは女の人の喋り方)
っていうことは00年代も今もまた、後から見ればそう見えるんだろう。
なぜそういうことが起きるのか。誰もが憧れるスターとか、良いなと思う芸術家とかそういう象徴的な人が何人かいて、その人たちの動作が良いものとされ、だんだんと伝播していくというイメージが浮かんだけど、どうだろうか。そんな単純なことじゃないか。



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by chi-midoro | 2016-09-21 01:33 | 脱力
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