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ブラックニッカ日々 2016-11-18

起きてすぐカレー。
今日は「この世界の片隅に」を見に行くことにした。
ツイッターやFacebookでみんなが素晴らしいと言っているのをたくさん目にして、
行くしかない気になってきた。

調べると13時半から梅田の映画館であるという。
出かけるのがギリギリになり13時15分頃大阪駅。
金券ショップで安い券探そうと思ったら売ってなくて、
そうこうしているうち、もう13時半になってしまって、その回は諦めた。

大阪駅前ビルまで足を伸ばし、1500円で券を買うことができた。
もっきり屋についでに寄って、この前つちもちしんじさんが好きだと言っていた鴨沢祐仁の「クシー君の発明」を買う。

することなくなって、映画館に早めに行き、本を読むことにする。
茶屋町のロフトの地下の映画館。
今日は、会員だと1,000円で観賞できる日らしく(それでなくとも、かもしれないが)すごく混んでいた。
ベンチでこの前買った保坂和志の「地鳴き、小鳥みたいな」を読む。
最初の「夏、訃報、純愛」という短編にこんな部分があった。

主人公、というか保坂和志が、カルチャーセンターの講師の60代後半の先生と飲みに行く場面。

「そこで私は僕も早く先生みたいに年をとって性欲から自由になりたいと言った、すると先生は、「そんなことは一生できない。」と言った。」

その後、先生が、君にだから話すけど、と自分の浮気の話を打ち明けてきて、それが今の私には「純愛」という言葉で解釈されている、みたいな感じの話になって唐突に終わる。
この時の保坂和志は27歳ぐらいだったと書かれていて、その時点で性欲から解放されたいと思っていたとは、なんか、おお、と思った。
ずっと前に書いていて今もたまに書くこともある連載コラムの題名を「早く老人になりたい」という風に決めて、それは、早く誰かに好かれたいという気持ちだとか嫉妬だとかから解放されたいと思ったからだったのだが、全然そんな境地にはたどり着けないまま、まあ、まだ無理か。
今もとにかく好きな人に自分が良いと思ったものの話をしたり、一緒にあてもなく散歩したりしたくて、それが叶わないのが辛くて仕方ない。

なんか、まだ途中だからたぶんだけど「地鳴き、小鳥みたいに」の他の短編も、性欲をめぐる話が中心になっていそうな気がする。ここ数年の保坂和志の小説にはそういう匂いがある。最初は意外だったけど、今はそうなんだろうなと思って読んでいる。

で、そんな感じで本を読んでいて、ようやく劇場のドアが開き、売店でポップコーンを買って席につく。おそらくポップコーンの似合わない映画だろうと思い、予告編の間に食べ切ることにする。
「この世界の片隅に」は、ずっと前に漫画を読んで、あとは予備知識なく、今日みた。のんa.k.a.能年玲奈が声優をしてることしか知らない。
しかし、原作にも相当ガーンとやられた記憶があったので、泣くだろうなと思っていたら、最初にコトリンゴの「悲しくてやりきれない」のカバーが流れる時点でもう涙が出て、戦争が近づく手前の、比較的のん気な頃のシーンでももう辛くて、というかこの映画全体が、配給がどんどん減ろうと空から爆弾が降ってこようと生活をつらぬく、日々生きていくことで戦争に全力に抵抗し続けているような人々を描いているから、楽しそうな場面も悲しいし、逆にどんなに悲惨な場面にも笑いはあり、それも悲しい。
静かな劇場内、さすがに声をあげて泣くわけにはいかず、耐えてるうちに頭がぼーっとしてきた。一人で見に来てよかった。
原作からしてそうだけど、とにかく描写が淡々としていて、戦争はそっと近づいてそっと大事な人やものを泥棒のように奪っていくみたいな感じで、それに対してこっちは強かに生活を続けていく。原爆が落ちようが玉音放送が流れようが、台所で今日の夕飯を用意しなくてはならないのだ。
声優の「のん」は、すごくよかった。事務所のなんやらみたいなのを詳しくは知らないながら、芸能界の当然のルールみたいなのと折り合いがつかず、上手にやれない人なんだと言う感じはしていたので、それだけで無条件に応援したい気持ちでいたけど、本当にすごかった。

ようやく辛い時間が終わり(コトリンゴの最後の曲もよかった。サントラ欲しい)、外に出てあとはもう思い出しては泣きまくって歩きつつ、阪急に乗って梅田から河原町まで。初めて行く磔磔で、キセルのワンマンを見る。

兄弟に加え、ドラムはいつもの北山ゆう子。しかしこの北山さんのドラムは本当に素晴らしい。抑制がききつつ、時にラフな感じもあり、今日はエレドラでシンプルなリズムマシーンっぽい音も出していてそれもよかった。

1曲目のコロンビアから、ずっとアレンジが面白く、「明るい幻」からのブラジル音楽っぽい雰囲気+気持ち悪さみたいな感じで最高だった。坂本慎太郎っぽくもあった。逆に「エノラゲイ」や「ベガ」など、いつもはドーンとやる曲を兄弟二人のフォーキーな編成でやったりして、その辺の意外性も面白く、すごく凝った内容になっていた。古い曲も全然新しく聞こえて、このライブのCDが欲しいぐらいだ。

新曲もたくさんやっていた。兄がMCで「あまり良い曲を作る感じじゃなく、数打ちゃあたるみたいな感じで」と言っていた通り、新曲は聴き終わった途端にメロディを忘れてるぐらいの抑揚のない感じで、でもずっと心地よい。この後、帰りの電車で続きを読んだ保坂和志の本で、メロディが頭に残る音楽を聴きたくなくて、できるだけ残らないものばかり家で聴いている、みたいな部分があって、サビが素晴らしくて散歩の途中に口をついて出るような音楽も素晴らしいけど、メロディがどうこうじゃない気持ち良さの音楽もある。いつまででも聴いていられるような。キセルはそっちに向かってるんだろうなと思った。と言いつつ、過去のメロディの強い名曲ももちろんあるし、それを良いアレンジでやれるというのも強みというか。

キセルを聴きながら「この世界の片隅に」のことをふと思い出してまた涙が出そうになったりしたのだが、戦争に対する「生活」みたいに、武器や爆弾、腕力や躍動というような目に見えやすいエネルギーじゃない、分かりにくい力もあって、それが、戦時下でも毎日工夫をしながら食事を作り続けることや、良い景色を見てぼーっとしていることとか、歳を取ってもずっと何かを続けていることだとかで、みんな分かりやすい力ばかりを力だと思うけど、そうじゃない力もある。瞬発力に対する継続性というと簡略化し過ぎた感があるけども、ここで今日もキセルがしみじみいい曲を演奏して、俺は行きたい場所に行って会いたい人に会って明日からも生きていくのだ、何が戦争だバカ!と強く思ったライブだった。

豪文さんに挨拶をして、野音のDVDとヨーロッパ企画にキセルが提供した曲のサントラCDを買って帰る。正確にはコンビニ前でハイボール飲んでから帰った。

帰宅後、白菜ドサ盛りラーメン&100円ローソンで買ったコーンにドレッシングかけたやつを勢いよく食べ、日記書いて寝る。
仕事は明日からだ

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by chi-midoro | 2016-11-19 01:45 | 脱力
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