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ブラックニッカ日々 2016-12-3

早起きする。
でも、10時から10時半頃まで寝る。

天気が良かったので藤田邸庭園にピクニックに出かける。
すき家のキムチ牛丼ミニを買って行って芝生にシート敷いて食べる。
ミニキムチ牛丼、肉がやけに少なかった。うまいけど。

トリスハイボールのロング缶を買ってそれを飲んでいるうちにしばし眠っており、
気づいたら缶が倒れて中身がほとんど無くなってた。
土に、吸われた。

帰宅後また少し眠る。
起きてぼーっとインターネットを見る。
ここ数日、仕事してない。
不安になる。

夕方、DVDを返しに行ってまた借りてくる。
ついでに王将でミソラーメンと餃子3個。
となりのおばあちゃんが、エビチリ定食とニラレバ炒めレバ抜き、餃子を食べていて、食うなあと思っていたら、エビチリをちょっと(3口ぐらい)食べたところで、皿を下げてもらい、他は全部食べていた。“エビチリがちょっとだけ食べたかった老婆”ということだろうか。腑に落ちない。

家に帰って、ストーナーの続きを読んだりまた寝たり。

今日はライムスター宇多丸がラジオで褒めてた映画を借りてきた。
そのうちの一つ「横道世之介」を見る。
登場人物が全員たまらなく愛しい最高な映画だった。
吉高由里子可愛すぎる。
2時間40分あるんだが、延々みれる感じだった。
描き方によってはイヤミになっちゃう、カマトトっぽくなってしまうような主人公かもしれないが、抑制が効いていて、なんとも良い湯加減になっている。
綾野剛かっこよすぎる。
登場人物同士の会話がすごい自然で笑える。山下敦弘監督の会話の面白さみたいなちょっとしたニュアンス。
人生の輝かしい時期が、後になって誰かにふと思い出されているっていう設定が、それだけでグッとくる。
自分が誰かをふと思い出したり、思い出されてる(ことがあったとして)というのは、それ自体はゼロカロリー、次の瞬間には消えてしまうようなものだけど、その折り重なりが人間全体を駆動させるエネルギーになっているような気がしてくる。
主人公が新大久保駅で転落した人を助けようとして死ぬことが後半の方で明らかになるのだが、これがどれだけ実話に沿ったものなのかわからず、吉田修一の原作が読みたい。

見終わった後に、映画レビューサイトみたいなので口コミを何個か見た。
その中に、「なぜあんないい奴だった横道世之介が、後で彼を回想してる人たちと疎遠になってしまったのか(みんな、「いたねー!世之介」みたいに語っている)」、というような疑問を投稿している人がいて、確かに、考えると不思議なんだけど、でも個人的には、どれだけ仲良かった人とも、環境が変わったりすると気づけば疎遠になったりしてる、そういうことはよくあって、自分も、昔よく遊んでいたのに今は連絡取るのも気まずいような友達がいて、そのことを考えるとすごく悲しくなってくるのだが、でも、仲の良かった時期があって、たまにそれを思い出したりして、自分の生きた時間の要素としてそれが確かにあったと何度も思えるだけで十分なんじゃないかと思う。そう思いたい。という考えを後押ししてくれる感じがした。

山形の亡くなった祖父母について、いとこや叔父さん叔母さんに聞いてまわることは今やろうと思えばできて、そうすることで、すでにいない祖父母についての自分の知らなかった部分をカケラをかき集めるように知ることができる。親戚たちが元気なうちにそれをやらなければならない気がした。「あの人、こういうところが面倒でね」とか「こんなことをして大笑いしてた」というような話を聞いてるのが自分はすごく好きだ。亡くなった人の話を聞いてる時のあの不思議に、寂しいようでなんか悪くない気持ち。



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by chi-midoro | 2016-12-04 02:06 | 脱力
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