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ブラックニッカ日々 2016-12-7

朝起きて梅田のデパートで取材仕事。
いつものように緊張したが、うまくできたんだろうか。
新聞社の取材の人とかたくさんいる中で、自分だけが全然それっぽくできていないような、
貧相で心細いような風に感じる。

取材が終わり、すぐ帰宅。

文字起こしの仕事を進める。
前にも同じことを思って書いた気がするけど、
文字起こしの作業って普段使わない頭の使い方をするようなところがあり、
起こすもとの音声データを実際の2分の1の速度で再生しながらそれをできるだけ遅れないようにタイピングしていくのが、
修行のような、気づくとあっという間に1時間半ぐらい経っていたりして、不思議な感覚だ。
時間のねじれに入り込んだような。

セブンイレブンのタンメンを買ってきていたのを食べて、昼寝。
やけに深い昼寝で、起きた後もしばらくここが今どこで自分が何をしているのか分からなくなるような感じが持続した。

今日はうちのボーイの7歳の誕生日。
水泳を習っているのを自転車で送っていって、ぼーっと眺めていたら、バタフライを練習していて、
自分はバタフライなんて泳げないので、それを見ていてすごく不思議な気がした。

こんな本を読んだとか、こんな失敗をしたということはなんとか書くことができても、
こういう気持ちは全然うまく言うことができない。

もう何年も前に、ボーイを東京の椎名町の公園に連れていって、
そこで彼がヨタヨタ走りながら遊んでいるのをぼーっと、
日差しの中で眺めていて、すごく天気の良い日で、
その時に、ちゃんと走れるか、転ばないかと思いながら、
何かに急に襲われるみたいに、今自分が彼を見ているように、
自分もいつか自分の親にこのようにして見守られていた、ということがいきなり実感されて、
さらにぼーっとした気分の中で、なんと思っていいか分からないけど、
とにかくそうだったんだなということが分かった時があり、
今もその瞬間のことを時々思い出す。

いまこうして見ている自分を、後ろから見ていた視線。
とても不思議だけど、そういう連なりの中で生きて死んでいくということがぼんやり分かる。

読んでいる「ストーナー」は後半に入り、
主人公のストーナーが、大学の若い学生と生まれて初めて本当の恋を知るみたいな部分。
その恋は最終的には破たんするのだが、二人の間に存在したかけがえのない時間みたいなものが、
まばゆいばかりに描かれていて、圧倒される。
圧倒されるであっているのか、便利な言葉でなんかあれだけど、
打ちのめされるというか。

夜中、再び文字起こしの作業を進めて、
もうひといき、ぐらいのところで今日は力尽きて、
「この世界の片隅に」のことについても熱心に書いていて、
勝手に信頼している知り合いのキクザキリョウさんがおすすめしていた
「シークレット・サンシャイン」という2007年の韓国映画が、
今Gyaoで無料で見れるっていうので見る。

夫を交通事故で亡くした妻が、夫の故郷である「蜜陽」というところに息子と二人で引っ越してきて、
そこで新しい人生を生きていこうとするのだが、一人息子が誘拐されて身代金を要求され、
挙句に殺されてしまうっていう話で、その後、妻は近所の人の勧めでキリスト教系の新興宗教に入信し、
一旦は心の落ち着きを取り戻すのだが、息子を殺した犯人に赦しを与えようと面会に行くと、
犯人はすでに刑務所内で信仰を得ており、「私は神に赦された」と言う。
「私のような者にすら神は赦しを与えてくださった」と。

そこで妻の神への信頼が揺らぎ、一気に「全部嘘だ!」みたいな方向に傾いて、
徐々に精神のバランスを失っていくっていう。
本当に救いのない重たい映画で、高校の頃に遠藤周作の「沈黙」をなぜか
夜から明け方まで一気読みして「うおー!神って何!」と思ったあの気持ちを思い出した。

妻に恋をしてなんとか近づこうとして、宗教にすら一緒に入る
「キム社長」っていうなんとも不器用な男がいて、
品のない、チャラい感じの男なんだが、なんか憎めないところがあり、
その人が出てくるシーンは明るく笑って見ていられる。

ラストになっても、明るい兆しはなく妻は心のバランスを失ったままだし、
この先どうしていくんだろう、ってどう考えても先が思いやられるのだが、
とにかく日差しの中で映画が終わる。



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by chi-midoro | 2016-12-08 04:19 | 脱力
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