<< ブラックニッカ日々 2016-... ブラックニッカ日々 2016-... >>

ブラックニッカ日々 2016-12-13

目が覚めると空腹で、イモを炒めて塩をかけて食べた。
雨の中、ゲオにDVD返しに行きついで、スーパーでトマト缶とピーマンとパスタを買ってきて、
トマトスパゲティを作って食べる。無性にトマトが食べたかったので。
このふうに訪れる「あれ食べたい」という気持ちはなんなんだろうか。
「体がその栄養分を欲しがっているんだ」というような話をいつからか信じているけど、本当なのだろうか。
信ぴょう性はともかく、そのふいの感覚を盲信している俺。
ベビースターラーメン食べたい!と思えば、いま体がそれを欲しているんだから食べてあげないと、みたいな。

「海街Diary」のDVDを見た。広瀬すずのこと、なんとなくなんとも思っていなかったのだが、存在感がすごかった。基本、気持ちよい雰囲気の映画であった。でもなんか、少なくとも映画の中の時間では、姉妹を取り巻く環境に、善の要素しかなくて(失恋とか、母親との軋轢はある)、4姉妹の結束もすごく固くて、こんなにうまく行くだろうかと思った(別に本当と違ってもいいんだが)。例えば、広瀬すずと良い仲の男の子が江ノ電を待ちながら良い雰囲気になってる場面、こういう時によく俺は帰り道がその二人と一緒でなんか横にいてしまうような巡り合わせになったりするんだよな、と思った。そういう意味で、こう、気まずいシーンみたいなのがなくて、ちょっと良い場面のつながり過ぎるような気がして。闖入者みたいなのがいない世界。バランス的にもう少しエグみがある方が俺は好きみたいだ。でもあの広瀬すずが外から家に帰ってくるシーンの心地よさ、広い海を泳いだ末に好きな人が乗ってる船にたどり着くような安心感は最高だ。親の不在っていう要素を抱えてる4人だからこそ、あのグルーブを共有できるのかもしれない。そう思うとあの結束の強さも、そういうものかもしれない。

夕飯は白菜などを茹でたもの。

22時半頃深夜バスに乗るために梅田に向かう。雨が強く、時間的にも相当ギリギリで、ずぶ濡れになりつつ走る。持っていた紙袋は持ち手がもげて、靴の中まで濡れているし、もうイヤ。

しかもそこからの8時間。今日はこれまで乗った深夜バスの中でも最安レベル、2,000円を切る価格なので、ひどいことになるのを覚悟していた。思ったよりそんなに何も設備の不備はなかったが、運転士同士が言い合いしてたりして雰囲気は殺伐としていた。俺の隣席はまるっこい、かなりデカいおじさんで、もうどうしようもなくはみ出してくる。イビキもでかくて、なので、となりのトトロが深夜バスの隣の席に乗ってきたと想像して乗り切ることにした。

あまり経験したことがなかったが、通路を挟んだ隣が女性だった。深夜バスではたいてい、男性女性の座席が分けられていて、まわりはみんな男性ということばかりだった。が、このバスはほとんどが女性客で、バスの最後部の方に俺を含めた数名の男性が座っている感じ。で、途中、ゴトっという音がして、ふと見たら、通路にケータイが落ちていて、それが自分のにそっくりだったので拾ったら通路を挟んだ女性のもので、俺が拾ったケータイを奪い去るようにして持っていかれ、あれ、と思ったら、自分のケータイはポケットにしっかり入っていた。マスクしたまま「あ、自分のに似ていて、すみません」と言ったんだけどおそらくモゴモゴしていたためか、通じないっつうか、もう変な奴みたいになってしまったっぽくて情けない気持ちに。

そういうことが色々ある中、とにかくアイマスクしてマスクして、身動きせず色々考えてすごす。
真っ暗で、身動きとれないし、過去にニュースで見た高速バスの事故のことも頭をよぎる(運転士は疲れてるっぽいし)しで、どうしたって死のことばかり考える。それと逆に、暗闇の中で思考することしかできないと、自分の身体感覚が逆に敏感になって、体のことが意識される。生きてる、俺のこの体、という感じ。となりのトトロのおじさんも好きでまるっこくなったわけでも、イビキでかくなったわけでもあるまい。そう思っている自分だって、中肉中背のこの体で、バスの中にある程度の体積を占めていて、誰かの邪魔になっているわけだ。こういう時に、どうやって人に迷惑をかけずに、またかけられた迷惑に寛容にいるか、そういうことを考えるのにこれほど最適な時間はないのだ。

で、そこで思ったのだが、色々なこととうまくつきあっていくことがまずは自分の中で大事で、指のケガについて医師に、神経がダメージを受けてそこの感覚がなくなっても、周りの生きている神経細胞がそのダメージを受けた部分の感覚までフォローするような動きを徐々にしていくこともある、というようなことを言われてへぇーと思ったり、細胞がそのように働くのと同じように、普段の生活でも、ケガしたところをかばいながら手を動かすようになって、ケガとつきあいながら新しい体の使い方に慣れていくようになる。

いま37歳なのだが、二日酔いのダメージが次の日の丸一日まで及ぶようになったり、パソコンで文章書く仕事が増えたのにつれて視力がどんどん落ちたり、歳を重ねるにつれてそういう事が増えてくるけども、そしたらそしたで、その体の仕様にあわせてうまくやるようになっていく。10代の体と重ね合わせて比べたら低下していることばかりだろうけど、自分ができないことを知ることで、それをカバーしていくことができる。

そんな風に、負の要素の前でへこたれずに、それを取り込んでうまくやっていくというような能力を大事にしたい。絶対老いていくんだから。で、それは深夜バスのこの窮屈さについても言える気がして、他人とすごく近い距離で居続けないといけない時に、そりゃあお互い快適なはずはないんだが、それをうまく受け流して乗り越えたい。隣の人にどいてもらうことなんてできないんだから。

という、うまくつきあっていくこと、がもっと上手にできるようになりながら、それだけだとどんな嫌なこともそういうもんかとただ受け入れるだけみたいになっちゃうから、絶対許しちゃいけないことや守らないとならないものが脅かされそうな時には対処できる強さも持っていけるように、そうならなくては、と、思いながらずっと目を閉じていたらいつの間にか寝れていた。

6時50分頃、バスタ新宿着。
東京も雨だったようだけど今は止んでいた。

[PR]
by chi-midoro | 2016-12-14 08:34 | 脱力
<< ブラックニッカ日々 2016-... ブラックニッカ日々 2016-... >>