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ブラックニッカ日々 2017-02-10

朝、時間通りにロビーに降りていったらすでに先輩方がバスに乗って待っていて嫌な汗かいた。
そんなに飲んだわけでもないのに二日酔いの感。

晴れたり曇ったり、雪が降ったりする天候の中、今日も紀伊田辺の色々な場所をめぐる。
自分だけ浮いてるような気がして仕方ない。
こういう気分には慣れていると思ったが、いつまでも慣れないものである。
会社に勤めていた頃を思い出した。

夕方頃解散となり、「くろしお」に乗って新大阪へ向かう。
座席では一人で乗車直前に買った缶ビールを飲んでのんびりする。

夕暮れの太平洋が目の前に見える場所があって、すごく良い気分だった。
しかし、東燃ゼネラルの工場の夜景はウトウトしていて見逃した。

この前見たMBSの高江デモのテレビのことを何度か思い出して考えていて、
その中でヘリパッド建設に反対する人たちが建設予定地に続く道の前に座り込んで
工事を阻止しようとするけど結局は機動隊に引きはがされるようにどけられる場面とか、
反対運動のリーダーの儀保さんという人が、工事車両が現場に入るのを止めるために、
現場に続く道路で、工事車両の前に自分の車を走らせてめちゃくちゃノロノロ運転したり(「牛歩戦術」と言っていた)、
そういうことは、なんと弱く小さな抵抗に見えることだろうか。
しかも結局ヘリパッドは抵抗もむなしく建設されてしまって、
なんというか、見る人が見たら「バカバカしい」と言うだろうというのも当然わかる。
大きな力に対する抵抗はバカバカしく見えるような形でしか発生しないのだろうし、
あまりに弱々しくて「無駄じゃん!」と一刀両断したい気持ちを掻き立てるようにすら思える。

けども、あのノロノロ走る車の姿が何回も蘇ってきて、とにかく自分はこういう真剣さについてずっと考えていたいと思った。
番組の中には「あの反対運動に参加すると日当がもらえる」というツイッターのデマのことや、
それを事実みたいに報道したMXテレビのニュース番組のことなども出てくるのだが、
そういうことを信じる人は反対運動をなんでみんなずっと続けていられるのか、それが分からなくて簡単な理由が欲しいんだろう。

自分も大学生ぐらいの時に、
すごくセンスのある周りの友達とか、好きな音楽を作る人とか本を書く人と自分の何も無さの落差を埋めるために、
例えば「あんな人でも性欲があったりするんだろう」とか「腹壊してずっとトイレから出れない時もあるんだろう」みたいに、
みんな結局ぶざまな人間!みたいにして自分のレベルに引き寄せることで自分を安心させるような考え方ばかりしていたことがあって、
でもある時に、むしろ逆で、みんな性欲も腹痛もあるのにそれでもああしてすごいんだから本当にすごい、ということに気づいた。

話がちゃんとつながっているか分からないが、
金だとか、時間の無駄、とか、そういう安易な要素でどんなに引きずりおろそうとしても
あの運動は汚せなくて、金や時間なんか超えてやっているからこそ弱く見えるけど一番強くて、
きっとあの運動があって、結果ヘリパッドが建設されてしまっても、
物理的な成功や失敗を越えた意味を残して、色々な人に思わぬ形で何か影響を与えて、
それがギリギリ世の中のバランスをまだ支えてくれているような、そんな風に思えてきた。

紀伊田辺では美味しいものをたくさん食べたので、
いつもの味が恋しくなり、すき家のキムチ牛丼を食べる。

見てきたものを記事にしたいけど、今日は疲れたのでサボる。


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by chi-midoro | 2017-02-11 00:49 | 脱力
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