<< ブラックニッカ日々 2017-... ブラックニッカ日々 2017-... >>

ブラックニッカ日々 2017-02-21

明日から福岡なので借りていたDVDをツタヤに返しにいかねば、と、自転車で天満へ。
それだけで引き返すのももったいないので、「サバ6製麺所」というサバダシで人気のラーメン屋へ。
700円払ったことに悔いのない美味しさだった。

家に戻りすぐ出発。
大阪駅で乗り換えて灘駅へ。
兵庫県立美術館でやっている「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」という展示を見にいく。
一目でアウトサイダーアートだ!とわかる、というか、この人の絵からそういうイメージが確立したのか、
とにかく隙間を一切ゆるさない細かい書き込みと変な図形と変な動物と、音符と言葉がぎっちり書き込まれている。
A3ぐらいあると思われるかなりデカい紙に。
この音符はでたらめなのかもしれないけど、もし実際にそれを無理矢理にでも演奏したとしたら
どんな音楽になるんだろうか。
とりあえずBPMはものすごい速そうだ。

ヴェルフリは30代で精神病院に入って以来、死ぬまでほとんどその中で過ごして、
最初は自分の幼年時代の出来事を冒険絵巻みたいにしたものを描き出して、
それが終わったら、だんだんと神の世界に近づいて、
どんどん膨らんでいく利子?みたいなものを想像して、
現実にはないものすごいでかい数字の単位とかを考えたりして、
その数字で世界を買い取って王国を作るというイメージの世界を描き、
自分がその王っていうか神として君臨することになった。

その王国の完成を祝う讃美歌の譜面と歌詞とかをまた延々描き続けていたようで、
その詩の朗読の音声なんかも流れていたのだが、単純な韻の繰り返しでリズミカルでかっこよかった。
ヴェルフリの絵自体は、自分が思う美しさからは遠くて、部屋に飾りたくはないし、画集も別にいらないなっていうものだけど、その創作の熱量と、そこに描かれた物語とか、詩や音楽がどんなものなのかはとても気になる。
精神病院で渡された紙に描き尽してしまうとすごく狼狽えて、オロオロと紙を探しまわっていたという。
癌で死ぬ何日か前に、まだ未完の物語があるのにそれが体力的に描けないということを泣いて悔しがったという。

展示の1コーナーで、ヴェルフリが実際に作った本(色々な大きさの紙を束ねたもので、分厚くて、
ほとんどは字で埋め尽くされていて、たまに絵や新聞に載ってた広告をスクラップしたものが挟まっている)を
パラパラと1枚ずつめくっていく映像が流れていて、上映時間を見たら「44分」と書いてあって、
時間の都合で全部みれねー!と思って悔しかったのだがあの映像は静かですごく面白かった。

その展示室を出て、ヴェルフリ展のチケットを見せれば無料で見られる常設展も足早にみる。ハナヤ勘兵衛という芦屋出身の写真家の写真がたくさん展示されていて、その中の、静物を撮ったものや、なんてことない風景を撮ったものがよかった。あと1階の彫刻の展示室の中の、海の波をそのまま四角くて黒い塊の上面に再現したもの(飛行機から海をみたようなすごい俯瞰した感じ)が展示されてて、誰のなんだったか忘れたが、それをみていて、彫刻や絵とか写真は、とにかく「良い」ものをそのまま残そうとする行い、それが消えたり忘れたりされることへの抵抗なんじゃないかという気がしてきた。
あの波の塊のオブジェが家にあったらそれをぼーっとみながら酒を飲めそうだし、テーブルにしてもよさそうだ。

16時から梅田で取材があるので足早に引き返す。横尾忠則美術館もすぐ近くだったので行きたかったがまた今度にする。
大阪の大丸でサクッと取材を終え、一度帰宅。

岸政彦「断片的なものの社会学」を読み終える。社会学者である岸政彦は沖縄の人々や、被差別部落の人々や、風俗嬢など色々な人にインタビューをしていて、そこで語られる他人の人生に、それが波乱万丈なものであれ、淡々としたものであれ、その時間の厚みに圧倒され、畏敬の念を持ってそれを見ていて、そういう視点が根底にあるのがいい。有名人の面白エピソードでは全然ない、それぞれのやり方で生きるしかなく生きている人たちの、知られなければ知られないまま消えていったであろうささいな話と、それに刺激されて展開されていく思考、みたいな本だ。

「ある人に流れた十年間という時間を想像してみよう。それは、その人が十年間ずっと、何かの感覚を感じ続けているのだろう、と想像することである」という部分を読んでいて、武田百合子の「犬が星見た」というロシア旅行記で、銭高老人というツアーのみんなに嫌われているちょっと我の強い老人がロシア人の老人(まったくの初対面)と突然抱き合って涙を流すという場面を思い出す。生きている場所も経験してきたこともまったく違うけど、老人は自分たちの中に長い時間が流れたっていうことを共有して、それだけで交感するものがあるというか。逆に言えば同じ時間が過ぎたことだけが他人と自分とをつなぐ共通点なのだという感覚。

そういう想像力を働かせて色々なものを見ていって、それでもどうしても分からないこと(結婚式を挙げることは正常な結婚式を挙げられない誰かにとって暴力になるのではないか、とか)は、正直に「わからない」と書いている姿勢に共感できた。

今晩はポン酢の会の最終回なので、ポン酢を箱に入れて自転車でシカクに向かう。
着いたけどシカクの二人は自転車でどこかへ出かけていていないようで、
そのうちはやとさんが来て、とりあえず二人でスーパーに行って食材を買う。
シカクに戻っても扉の鍵は閉まったままで、店の前でチューハイ飲んでたらヤマコットさんが来た。
しばらく待ったが、とにかく今日は寒くて、雪が降ったぐらいだったそうで、
とりあえず「はなび」でホッピーを飲む。

飲んでたらシカクの二人から連絡が来たので店に戻り、
急いで鍋。

今日も楽しく、美味しい鍋を食べてあっという間のひととき。

巴さんたちがいなかったのは、2/26に販売する本を印刷していたからで、
できあがった本をもらう。手製本の素朴な冊子だが、嬉しいものである。

1時ごろシカクを出て帰宅。
明日は早起きしなくては。

[PR]
by chi-midoro | 2017-02-22 02:03 | 脱力
<< ブラックニッカ日々 2017-... ブラックニッカ日々 2017-... >>