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ブラックニッカ日々 2017-03-14

今日は京都水族館に取材に行く予定になっているのだが、
担当の方と最終的な時間の調整がつかぬままに当日を迎えた。

もしかして午前中に来てと言われるかもと思って電話したところ、
「夕方からで」ということになった。
ホッとして二度寝。

起きて仕事。書かなきゃいけない原稿がたまりまくっていて怖い。
と言いつつ寝てばっかりだが。

13時頃家を出て京都駅へ向かう。
伊勢丹のラーメンストリートみたいなところで、
白樺山荘の味噌ラーメンを食べる。
せっかく京都にきて、と思わないこともないが、
北海道っぽい味噌ラーメンを食べたい気持ちがずっとあったので。
ゆで卵無料とのことで2個乗っけて食べる。

取材時間までだいぶあったので、デパートの休憩スペースで本を読んで過ごす。
耳に大量のつまようじを挟み、爪を紫に塗ったおじさんがウロウロしていて、
変なおじさんかも、と思ったけど気にせず本を読んでいたら、すぐ目の前の席に座ったままおしっこしていてうお!と思った。
まあ、そんな人も、いるよな。

しばらくして公園へ向かい、ベンチでまたダラダラしてようやく取材時間。
取材自体はすぐ終わり。すぐに駅へ引き返す。
途中、ふと目に入った「森張酒店」という酒屋さんになんとなく角打ちスペースがありそうな気配があって、
飛び込んでみたら席があった。
缶ビール1缶。静かで良い店だった。
今度からここで休憩しよう。

大阪に戻り、勢いでピザ取って食う。
嘘、正確にはピザを注文して自分で取りに行った。
そうすると半額になるので。

岸政彦「街の人生」を読み終える。
摂食障害の女性、シングルマザーの風俗嬢、西成のおっちゃんなど、匿名の人々へのインタビュー集。
極力フィルターをかけないようにしてある感じで、その人の言葉が生々しい形で収録されていて、
話してのリズムが体に入ってくる感じ。
面白い話ばっかりじゃない、間延びした部分があるのがかえって良い。
対象はバラバラな人々なのに、不思議と響き合ってるように感じられてくる。
ある人がここで語っている不幸の気配が、こっちの人のここにも影響してる、みたいな。

岸政彦は前に読んだ「断片的なものの社会学」で、
子供の頃から、道に落ちてる石をどれでもいいから一個拾ってみると、
それがこの世に一個しかない石であることが思いが至り、
その感覚を繰り返し味わっていた、みたいなことを書いていた。

とにかく誰に話を聞いてみたって、その人固有の体験があるっていうだけでもう面白いじゃないかという、
そういう思いのもとに書かれた本だった。

摂食障害がどうしたら治るんだろうね?と聞かれた話し手が、
「うんー、治るっていうのがわかんない。回復論じゃないけど、回復に関する、症状が消える、イコール回復ではないと思いますね。治った、治らない、っていう言い方はようしないんです。私一人、元気ですっていう言い方しかできないっていうか。じゃ何をもって治ったのって言われたら自分いまでも答えられないから。何を回復って言うの?じゃ、症状が無くなった人は回復してるんですかって言われたら、症状が無くてもしんどい人はいっぱい、見てきたから、症状じゃないなって思うし、うん……。うーん、回復……じゃ逆に、回復っていうのはどう、どういうことなんですかね?あはは。」
と答える。
何か病む、そしてそれが治る、みたいな風にペタッと圧縮して物をつい言いたくなってしまうけど、自分が病んだら、ちょっとした風邪でも分かる通り、病いの中はグラデーションになっていて、割と元気だけど咳だけ止まらない状態、とかがあったりする。そういう風に人それぞれの体験とそれを外から圧縮してとらえる見方では絶対に差があって、それはどうしたって埋まらない差なのだが、そういう差があることを繰り返し考えなければならない。

例えば自分は親戚がごちゃっと大勢いる山形での宴会が好きだったけど、親戚との間に嫌なことしかなかった人にとっては、親戚という言葉から想起されるイメージがそもそも違うわけで、当たり前のように自分がイメージしているそれと相手がイメージしているそれが全然違う可能性を、ちゃんといつもどこかそういうこともあると思っていないといけない。違うのは当然なので、できるだけ自分の当たり前が暴力にならないように。

少しずつ仕事進める。
タバコはここしばらく吸わないでガマンできている。

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by chi-midoro | 2017-03-15 04:34 | 脱力
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