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ブラックニッカ日々 2017-04-11

なんだろうか。
そんなに酒を飲んでいるわけでもないのに胃腸が不調。
寝ては起きての繰り返し。

仕事が休みだというクスモと、二郎でも食べ行こうと何日か前に約束していたのだが、
外は雨。
どうだろう、本当に行く気だろうかと思いつつ、とりあえず寝る。

で、結局連絡があって三田で待ち合わせ。
傘さして歩いていったら、傘さして並んでる人が結構いて、20分ぐらい雨に打たれる。
靴が水浸しになった。
ラーメンはうまかった。俺は食べきれず、クスモは全部食べてた。

三田から京急に乗って蒲田温泉に行くのはどうかと提案し、
いいねということに。
激しい雨の中を歩き、初めて来る蒲田温泉に到着。
たまらん風情。
これは最高だ。

とにかくまずはお風呂で体を温める。
六龍鉱泉とか、綱島の湯みたいにコーヒー色の湯。
高温風呂が死ぬほど高温で痺れる。入れない。

体があったまり、2階の宴会場へ。
二人で寝転がり、チューハイ飲みながら話す。
備品のオセロをやったり、ハサミ将棋したり。
中学の頃の話、最近の話。今後どうなるんすかねという話など。

2時間近くゴロゴロしてもう一回最後にお風呂に入って出る。
京急蒲田から二人で電車に乗り、クスモは明日が早いのでそのまま帰るとのことで、
今日も映画見に行くかと思う。
調べたら、コレド室町で「ムーンライト」が18時40分から上映されるらしく超ちょうどいい。
そうして自分は日本橋で降りてそのままコレド室町まで歩く。

途中の金券ショップで300円安い券が売られていて嬉しかった。
今日もポップコーン買う。

「ムーンライト」は、ほとんど黒人しか出てこない映画で、
ドラッグ中毒の母親のもとで、愛情をあまり受けぬままに育って、
自分がゲイであることになんとなく気が付きながら、そのために周囲からも浮いてしまって、
クラスメイトに激しくいじめられたりする少年シャロンが、
ケヴィンっていうそんな自分に唯一友達として接してくれる男に生まれて初めて恋愛感情を抱き、
二人は良い関係になるのだが、クラスのいじめっこがそのケヴィンにけしかけてシャロンを暴行、
逆上したシャロンは翌日いじめっこを椅子で殴ってしまい少年院へ。
それから何年もして、少年院でできた仲間からドラッグディーラーの仕事を教え込まれ、
それでしのいでいるシャロンは、青年期のほっそりした体型が嘘のように
ガッチガチのマッチョなギャングになっていて、歯にも金歯の被せてる。
ギャングスタラップを爆音で流しながら車で走っている。
そんな見た目なんだけど、実は根っこはあの頃の、自分がどういう人間なのか掴みかねている不安の中にいて、
満たされない日々を送っている。
そこにケヴィンから突然電話がかかってきて、今どうしてるんだ、俺はコックやってるみたいなことを言う。
それで、そのケヴィンの店にシャロンが車を走らせ、色々なやり取りがあって、
シャロンが俺はあの時、お前に触れられて以来、誰にも触れられてないんだと言って、
ケヴィンの腕の中で眠るシャロンが映り、海で泳ぐ少年期のシャロンの背中が映って終わる。

「ムーンライト」というタイトルは、
いじめられっこから逃げた少年期のシャロンをかばってくれたドラッグディーラーが、
「黒人は月明かりに照らされると青く見えるんだ」みたいな話をしていて、それとつながっているもので、
最後に映る少年期のシャロンがまさにそんな、夜の海の青に近い漆黒の肌をしていて、すごく美しい。

あと、どちらかというと革新的なことは言葉では語られずに、
とにかく意味ありげな視線が至るところで交わされる映画。
特に再開したシャロンとケヴィンの視線の交わし合い。
一見すればガッチガチのギャングと、ヒゲの優男が見つめあっているだけなのだが、
それがすごく色っぽく映っている。
そのケヴィンがシャロンのためにレストランで作る「シェフスペシャル」っていうプレートを作るシーンもなんか
色っぽく撮られているんだけど、それが全然美味しそうじゃなくて面白かった。
そのプレートに盛られていたブルーベリーの実も、黒い肌を連想させる。

構造だけを見たら、言葉少なに、その替わり、内に秘めた思いを視線のやり取りで伝え合う、
っていうすごく乙女な恋愛映画なのだが、
その黒人が主人公であり、同性愛の物語であり、さらにはドラッグ漬けの母親とか、
いじめとか差別とか、そういうすごく重たいテーマの中で展開される純愛なだけに一気に、
見たことのない映画になっている。
あと映像がめちゃ綺麗で、撮り方もシャレてる。
それこそ昨日みた「ララランド」の夜景のシーンのように美しい景色がたくさん出てくる。
その景色の中をシャロンの乗った車がメロウなヒップホップをかけながら走っていくシーンが印象深い。

「ララランド」については、今日も引き続きぼんやり考えていて、思い出して腹立った部分があり、
あの主人公の男、恋人の女性が「私たちこの後どうするの?」って、
「また昔みたいに仲良くやれるかしら?」みたいなニュアンスで聞いてくれるのに対し、
「お互いの夢に全力で打ち込もう」みたいなことを言って、それで二人は別れるらしいように描かれているのだが、
そこがよく分からなくて、え!そこまでする必要ある?って感じがする
「別れなくても夢追える!」だろ!という流れなんだが、ってことは結局男にとって、
そんなふわっとしたかキザな理由で終わってしまってもいい二人の関係であったわけで、
だとしたら、最後に展開される「あり得たかもしれない未来」も、別にそんなに二人が強烈に信じたかったものでもないっつうか。
なんかどうしても手に入れたかった未来じゃないんだなっていう気がするのである。
「セッション」の時も、恋人をジャズのためにいとも簡単に振ってしまうのだが、
なんか、綺麗ごとって感じがする。

まあいい。結局俺はあの二人にずっと一緒にいて欲しかったのかもしれない。

映画を見終え、今日も実家で何か食べさせてもらうことに。
カレー鍋で妹もいた。
美味しくいただき1時ごろ帰宅。

インタビュー起こしの仕事、明け方になんとか完了。


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by chi-midoro | 2017-04-12 04:39 | 脱力
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