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ブラックニッカ日々 2017-04-18

朝起きて用事済ませ、ダラダラ。
横になったまま録画してあったアメトークみて、たまにハハハと笑って芸人の切り返しの速さはすげーなと思って、
そしたら昼になったので、最近出たカロリーがすごく低いカップヌードルをスーパーで買ってあったのを食べて昼ご飯にする。

13時頃ようやく意を決して外出。
吹田の喫茶店に取材に行く。
マスター良い方で良かったなーと店を出て立っていたら、
駐車場に入ろうとした車が、商店街のアーケードに取り付けられている「なんとか商店街」みたいな看板に接触して破壊、
自分の立っている5メートルぐらい先にガシャーンと分厚い板みたいなのがたくさん落ちてきて、
道行く人がみんな「うわあ!」と叫んで立ち止まり、
でもまあ、5メートル先なのでケガなどもちろんなく、
何事もなかったかのように歩き去ったのだった。

しかし、あれも、タイミングがずれていて直撃したらたぶん、
死にはしないし大怪我でもないだろうが、頭を何針か縫う流血の惨事にはなったであろう。
そういうことが起きた場合と、無事だった場合のこの差。
この隔たりについて考えるとどんどん不思議な気持ちになる。

あわや大惨事、を避け続けて無事生きていると思うとなんだか心細くなる。

それはそうと吹田市の駅前を少し散策し、次の取材先の難波へ向かう。
そちらも無事にサクッと終わり、夕方帰宅。

昨日製麺した麺を食べきるべく、今日も鍋。
美味しく食べれた。

図書館で借りていたコリン・ターンブル「ブリンジ・ヌガグ 食うものをくれ」をようやく読み終わった。
1971年に出版された(日本語版は1974年)本で、人類学者のコリン・ターンブルが東アフリカに住む「イク族」という部族と共に2年間暮らした記録を基にしたもの。
イク族は、全体で2,000人ほどの少数部族で、もともとは狩猟して暮らしてきたのが、
1960年頃から、ウガンダ政府が、イク族が狩りをしていた地域を国立公園に指定し、
狩猟を禁じ、農耕にシフトしていくことを奨励した。
とはいえ、基本、山奥の濃厚に適さない土地なので、イク族は過酷な食糧不足に悩まされるようになる。

で、食べるものが無いということが常態化した結果、部族全体が個人主義を極めたようなスタイルを取るようになる。
例えば、子どもは3歳になるともう自分で食料を探さなければならなくて、その親が世話をすることはほぼ一切ない。
というか、親がもし偶然、獲物(政府には禁じられているが、秘密裏に狩猟はしている)を見付けたとしたら、
それを家族のために持ち帰るなどということはなく、全部自分で食べる。
ただ、肉を焼くために火を使うと煙があがり、そこら中から飢えたやつらが集まってきて、貪り取っていく。
その煙がどこかに上がらないかと丘の上で終日座ってるやつらもいる。

例えば自分の親が飢えて死んだとする。そしたらできるだけこっそりと庭に埋めてしまう。
で、「あいつは?」と聞かれたら「どこかに行って帰ってこない」と言う。
なんでそうするかというと、みんなに死んだことがばれたら葬式をしなければならず、
葬式をしたら食べ物を振る舞わなくてはならないからだ。

あと、村の老人がもう飢えて体力がなくなって、
谷に落ちて這い上がれないでいるのを若い人たちが見て、
助けないで笑っているような光景もある。
イク族は他人の不幸をすごく笑う。
それが「自分は不幸にならずに生きている!」という生の実感につながっているような感じを受けた。

著者が飢えた老人を見かねて食料を与えたりすると、
「なぜそんなことをした?それはあいつを余計に苦しませるだけだ」と抗議されたりする。
老人が食べて咀嚼しているものを、その口の中から子どもたちが強引に奪っていくようなこともある。

というように、すべてが自分がどれだけ食えるかに還元されている過酷な世界、
地獄みたいだ、と思うのだが、
イク族はもはや、命というものは、この世に生まれ落ちて、
ただ、そこら辺にあるものをできるだけ食べ、食べ物を得られなければ死に、
また、ある時は元気があった者も、老いたなら(40代ぐらいでもう老人らしい)すぐに死んでいくだけ、と、
葉っぱの先の水玉が少しずつ大きくなって、重くなったら落ちていくだけのような、
そんな風にしか考えてないようなのだ。
無欲というのか純粋な欲望しかなくなった状態というか。
ただ、イク族も飢えにさらされる以前はそうじゃなくて、家族や共同体みたいなものも信じられていたのだが、
飢えのレベルがあるところを超え、数年のうちに一気にそうなってしまったようだ。
ただ、老人はとにかくすぐ死んでしまうので、その頃のことを記憶している者自体がいない。

強烈なこの本の中でも印象に残った部分を書き出しておく。

「母親は子供を地面におろすと、あとはほったらかしにしたまま、いっそ豹か何かがやってきて子供をさらって行ってくれればいいというくらいの気持ちで自分の仕事にとりかかる。事実、私の滞在中に一度そういうことが起こったが、(中略)そのとき、母親はそのことを喜んでいた。彼女はもう子供を背負って歩いたり養ったりしなくてもすむようになったわけで、なおその上、このできごとは、豹が子供を消化するためにどこか近くで眠っているということ、つまりはその豹をたやすく仕止められるということを意味した」

「イク族は、精神的にも肉体的にもそのような強制力(法律とか)に支配されることなく暮らして行くすべを学び取ったのである。どうやらかれらは、人間の根本的なわがままとして受け入れるべきもの、つまりは、何をおいてもまず一個人として生き残ること、という、人間存在のごく自然な目的を承諾するところまで到達したようだ」

「ロリム(人名)は、自分の命もあと二、三時間だということがわかったから、どうかなかへ入れてくれ、と頼みにロンゴリ(人名、ロリムの息子)のところへ行ったのである。しかしロンゴリとしては、そんなことを承知するわけにはいかないのは、わかりきった話だった。ロリムほど重要な地位にあった人物ともなれば、その葬儀には盛大な御馳走を出さなければならない。そこで、ロンゴリはその頼みをしりぞけた。するとロリムは、それならナンゴリ(人名)の家のアサク(入口)を開けてくれ、せめてそこまで這って行ってでもそのなかで死にたいから、と頼んだ。(中略)しかしロンゴリは、それもことわった。(中略)死ぬなら外で死んでくれ、先祖なんどこっちの知ったことか、そんなものはあんたみたいな無知な老いぼれの妄想にきまっている。そう言ってロリムを追い出してしまったのである。おれのしたことにひとつでも間違ったところがあるかね、とロンゴリは私に言った」

「私としては、イク族が老人たちをできるだけ早く、できるだけひっそりと、こんな世界から消え去らせることに対して、あまり手きびしい判断をくだすわけにいかない、と思わざるを得なかった。(中略)ぶどう酒や冷蔵庫で冷やしたソーダ水どころか、もっと基本的な必要物すらろくに口にすることもできない状態にありながら、どうしてこんな世界にいつまでも執着しなければならないのか、(中略)それが私には依然として謎であった」

という感じで、なんともひどい、さっさと死んだ方がマシな世界を生きているイク族なのだが、最後に著者は、我々も大きな視野でみれば同じことをしているというように書いている。例えば、解決できない規模の公害や核戦争の危険を残しながらも、とりあえず当座の利益を優先して生きていることは、未来の子どもたちが食べようとしている食料をその口から奪って食っているようなものじゃないかという。他人よりも自分を優先すること、自分が生きるためには仕方ないと考えるその考えの延長線上にイク族の惨状はあり、社会は全体的にそっちへ近づいていっているというようなことを書いていて、それが1971年の時点で書かれているんだと思うと、世界は変わってないっつうかグングンそっちに行ってる感じがする。

遠い世界の話のような気がするけど、おいおい!こんなことあんのかよー!とか思って読んでいるうちにどんどん今の世の中と重なってきてゾッとしてくる感じであった。

22時から巴さんと246スタジオで2時間練習。
4/22のイベントを前に全然イメージが固まってなかったのが、なんかやれそうな気がしてきた。
それにしても246スタジオはすごく細かいところまで気が利いていて、
受付で発泡酒売ってるし、練習の模様をタダでCDにしてくれたりするし、
今日いいなと思ったのは、エレドラの新しい製品を無料でレンタルできるみたいなのを
おそらく楽器メーカーと提携してやっていて、
確かにスタジオで新しい楽器を無料で試せたらじっくり遊んでみることができるし、
楽器メーカーにとってもすごい良いことだよなと思った。
そういう、確かにそれ良い!みたいなアイデアが色々実践されていて毎度驚く。
なんとあの円広志が創業者なんだという。

スタジオの下のコンビニで酒買って巴さんと少し談笑。
帰宅して今日は早く寝るつもりがこの日記を書いていてだいぶ夜更かししてしまった。

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by chi-midoro | 2017-04-19 03:09 | 脱力
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