<   2017年 04月 ( 22 )   > この月の画像一覧

ブラックニッカ日々 2017-04-21

昼に起きる。
袋めん具なしで昼食とする。

テレビ見て横になり、少し仕事。
14時からシカク出勤。

通販作業や伝票の振り分け作業など。
明日の準備もあって途中で巴さんたけしげさんが外出し、
一人で黙々と作業。

喉が渇いて腹が減って疲れた。

明日の荷物を車で運んでくる途中、車を電信柱にぶつけたと言って巴さんが落ち込んでいた。
車の後ろを見ると確かにボコッと凹んでいた。

もう明日か「天才の祭典」。
泊りがけのイベントだし、山奥らしいのでどんなことになるやら想像がつかない。

帰りにスーパーでもやしと豆腐を買い、
それを茹でてポン酢かけて食べる。
これが意外にも、まったく美味しくなかった。
とにかく腹に入れる。

注文していた「モランディ」の画集が届いていた。
思ったより薄いけど、良い絵がたくさんあり嬉しい。
あと、昨日は「酔いながら考える」っていうミニコミにチミドロの「ゲットー酒場」の歌詞が載ったのが届いて、
それも嬉しかった。

来週もうひと頑張り色々取材に出て書かないといけないので、
今日までに終えておきたいことを頑張って進める。




[PR]
by chi-midoro | 2017-04-22 01:42 | 脱力

ブラックニッカ日々 2017-04-20

めちゃくちゃたっぷり寝たように思う。
最近、体重が増えていく一方なので昼ご飯は食べない。
もちろん酒も飲まない。

仕事する。
ふと気づけば15時半を過ぎており、
慌てて梅田シネリーブルへ。

今日は「バンコクナイツ」を見る。
バンコクの日本人歓楽街で働くラックっていう女の子が主人公で、
それを取り巻く日本人たちとか、ラックの家族とかそういう人間ドラマが描かれつつ、
かなりタイの風景、町並や農村とか、雰囲気やそこで流れる音楽を描写するのに時間が割かれているような感じだった。

不思議な感触の映画で、登場人物が割と紋切り型な、
ザ・キャラクターな感じに描かれて、まんまそれっぽい行動をしたりセリフを言ったりしたと思えば、
(例えばラックが働いている店の女の子たちなんかはキャラがわざとらしいぐらいに立ってるが)
そんな一本調子なストーリーになるわけでもなく、
というか、こう書いてる時に思い浮かぶのは「オザワ」っていう、
体を売ってお金を稼いでいるラックが本気で愛しているらしき日本人男性の
めちゃくちゃ掴みどころのないキャラクターだ。

オザワはチャラいしドラッグもやりまくるんだけど、
タイの夜の町の女性たちをただ体だけのように見ているような人ではないらしく、
ちょっと超然としているんだけど、でもやっぱチャラい。
だし、ラックが一緒に暮らそうって言って「うん」なんつって約束したくせに、
どこかにふらっと行ったまま帰ってこなくて、その理由も映画の中では説明されず、
見ている方としては「なぜ?」っていう感じを終始受ける男。

あと、日本人の俳優陣はみんな本当にただの友達とかばっかりらしくて、
みんなめちゃくちゃ素朴すぎる演技で、俺でもできそうだった。

あと田我流たちが出てくるシーンもよくわからなかった。

いや、全体的に何が言いたいとかストーリーとかはわかんない部分もあったけど、
むしろ一つのことを言おうとしてない、拡散性みたいなものがあり、
一つ一つのシーンの美しさや、印象に残る感触みたいなことでいえば、
何度も「牯嶺街少年殺人事件」を連想した。

とにかく、タイの空気が生々しく伝わってきて、
貧困とかそれによって堕落していく生活とか金とか性とか、
そんなことに関係なく農村地帯では雄大な景色に日が沈んでいく感じ。
それをそのまま全体的に受け止めようとした映画みたいな感じで、
開かれた映画という感じがした。
タイ行きてぇ。

映画が終わると19時20分。
そのまま中津まで歩き、途中ライフで買い出し。

今日はシカクで、茶漬けを食べ比べる会。
いつものメンバーに取材につきあってもらう。
楽しく飲み食い。

みんなにはまた土日の「天才の祭典」で会えるので楽しみだ。



[PR]
by chi-midoro | 2017-04-22 01:35 | 脱力

ブラックニッカ日々 2017-04-19

早起きする。
obocoさんがツイッターで「良かった」と書いていた「未来よ こんにちは」という映画を見たくて、
調べるとシネリーブル梅田で一日に1回だけ、朝9時45分から上映しているようだった。

絶対眠い!寝ちゃうだろうなと思いながらも、まあとにかく行ってみようと思って行くことにした。

水曜で映画が安いから劇場は朝から混んでいたが、
「未来よ こんにちは」は空いていた。ポップコーン買って席に座る。

静かな映画だけど、テンポは速めで、ダルーンとした時間がない感じだったので、
眠くならず見終わった。
すごく良い。

40代後半ぐらいの哲学科の女教師が主人公で、
夫も教師で、子どもが二人いて、
本のたくさんある、居心地の良さそうな家で暮らしていたのが、
夫に好きな人ができ、突如別居したいと告げられる。

主人公の母親は認知症を患っているらしく、
頻繁に自殺騒ぎを起こしたりするので、介護施設に入れることになり、
自分の仕事にも行き詰まりが見え、みたいな感じで、
一気に自分の人生が心細い、色あせたものに見えてくるようになって、
老いや死に向き合うことになる。

主人公の教え子で自分を慕ってくれて、
自分もひいきにしていた男性(美男子)が、
人里離れた場所で共同生活を営んでいて、
いつでも遊びに来てというので行ってみたりもするのだが、
若者たちとの隔たりを感じるだけになってあんまり楽しめない。

っていうような、とにかく、
今まで当たり前のようにあると思っていたものが
するする指の隙間からこぼれ落ちていくような感覚が淡々と描かれている。
でも、自然は美しくて、天気の良い日に原っぱで本を読む気持ち良さみたいなものだけは、
ずっと変わらずあって、その表現のされ方が本当に控えめで心地よいのであった。

別れた元旦那の実家が海辺のすごく自然豊かな家で、
そこの庭を主人公はすごく気に入っていたのだが、
そこにももう行けなくなる。
最後に荷物をまとめに行って、元旦那に車で駅まで送ってもらう時の、
車窓から外を見ている表情が忘れられない。

あと、主人公の娘に孫が生まれて、
その孫を抱くときの感じ。
絶対に昔は美人だった主人公が、
なんとなくやはり老境に差し掛かって、
なんか歩き方も妙に年寄りじみて、
でもある瞬間にはすごく美しく見えるあの感じ。

この先、自分に待っている奇跡のような喜びがあるかっていうと
たぶんない。けどその寂しさを味わいながら、
たまにあるしみじみとした幸せを大事にして生きていくしかないのだ、というような、
そういうことが穏やかに描かれている映画だった。
「ストーナー」を読んでいる時のような気分だった。

最後、主人公が孫を抱っこして子守唄を歌ってるところがすごいよくて…
ぐわーっとなったまま映画館を出たらすごく天気がよく、
大阪駅に向かう道すがら、用意したかのように、
日差しの中で赤ちゃんを抱いているお母さんをカメラマンが撮影していて、
人生とは…みたいに思いながら帰宅。

取材に必要なものを買いに毛馬の100均へ。
川沿いのチャリが最高に気持ち良い。
そのついでに前から気になっていた「珉龍」のパーサイラーメンを食べる。
パーサイは白菜のことで、豆板醤で辛みがつけてあり、
5段階の辛さから好きなのを選べる。
通常は2辛だというのでそれにしたが、舌がビリビリする辛さだった。
白菜たっぷりでめちゃうまい。
今思えばあれか、神座のラーメンに辛さを足しまくったような味か。
あそこまで甘くないけど麺は似てた。

「辛いでしょー!この前わたし3辛食べてみたらもうだめ、ヒーヒーです」と店員さんが言うので、
次は3に挑戦するしかない。

家に戻って仕事を進める。
たまに寝る。

今日明日でガッと仕事を片付けねばならず、明け方まで粘る。

[PR]
by chi-midoro | 2017-04-20 04:56 | 脱力

ブラックニッカ日々 2017-04-18

朝起きて用事済ませ、ダラダラ。
横になったまま録画してあったアメトークみて、たまにハハハと笑って芸人の切り返しの速さはすげーなと思って、
そしたら昼になったので、最近出たカロリーがすごく低いカップヌードルをスーパーで買ってあったのを食べて昼ご飯にする。

13時頃ようやく意を決して外出。
吹田の喫茶店に取材に行く。
マスター良い方で良かったなーと店を出て立っていたら、
駐車場に入ろうとした車が、商店街のアーケードに取り付けられている「なんとか商店街」みたいな看板に接触して破壊、
自分の立っている5メートルぐらい先にガシャーンと分厚い板みたいなのがたくさん落ちてきて、
道行く人がみんな「うわあ!」と叫んで立ち止まり、
でもまあ、5メートル先なのでケガなどもちろんなく、
何事もなかったかのように歩き去ったのだった。

しかし、あれも、タイミングがずれていて直撃したらたぶん、
死にはしないし大怪我でもないだろうが、頭を何針か縫う流血の惨事にはなったであろう。
そういうことが起きた場合と、無事だった場合のこの差。
この隔たりについて考えるとどんどん不思議な気持ちになる。

あわや大惨事、を避け続けて無事生きていると思うとなんだか心細くなる。

それはそうと吹田市の駅前を少し散策し、次の取材先の難波へ向かう。
そちらも無事にサクッと終わり、夕方帰宅。

昨日製麺した麺を食べきるべく、今日も鍋。
美味しく食べれた。

図書館で借りていたコリン・ターンブル「ブリンジ・ヌガグ 食うものをくれ」をようやく読み終わった。
1971年に出版された(日本語版は1974年)本で、人類学者のコリン・ターンブルが東アフリカに住む「イク族」という部族と共に2年間暮らした記録を基にしたもの。
イク族は、全体で2,000人ほどの少数部族で、もともとは狩猟して暮らしてきたのが、
1960年頃から、ウガンダ政府が、イク族が狩りをしていた地域を国立公園に指定し、
狩猟を禁じ、農耕にシフトしていくことを奨励した。
とはいえ、基本、山奥の濃厚に適さない土地なので、イク族は過酷な食糧不足に悩まされるようになる。

で、食べるものが無いということが常態化した結果、部族全体が個人主義を極めたようなスタイルを取るようになる。
例えば、子どもは3歳になるともう自分で食料を探さなければならなくて、その親が世話をすることはほぼ一切ない。
というか、親がもし偶然、獲物(政府には禁じられているが、秘密裏に狩猟はしている)を見付けたとしたら、
それを家族のために持ち帰るなどということはなく、全部自分で食べる。
ただ、肉を焼くために火を使うと煙があがり、そこら中から飢えたやつらが集まってきて、貪り取っていく。
その煙がどこかに上がらないかと丘の上で終日座ってるやつらもいる。

例えば自分の親が飢えて死んだとする。そしたらできるだけこっそりと庭に埋めてしまう。
で、「あいつは?」と聞かれたら「どこかに行って帰ってこない」と言う。
なんでそうするかというと、みんなに死んだことがばれたら葬式をしなければならず、
葬式をしたら食べ物を振る舞わなくてはならないからだ。

あと、村の老人がもう飢えて体力がなくなって、
谷に落ちて這い上がれないでいるのを若い人たちが見て、
助けないで笑っているような光景もある。
イク族は他人の不幸をすごく笑う。
それが「自分は不幸にならずに生きている!」という生の実感につながっているような感じを受けた。

著者が飢えた老人を見かねて食料を与えたりすると、
「なぜそんなことをした?それはあいつを余計に苦しませるだけだ」と抗議されたりする。
老人が食べて咀嚼しているものを、その口の中から子どもたちが強引に奪っていくようなこともある。

というように、すべてが自分がどれだけ食えるかに還元されている過酷な世界、
地獄みたいだ、と思うのだが、
イク族はもはや、命というものは、この世に生まれ落ちて、
ただ、そこら辺にあるものをできるだけ食べ、食べ物を得られなければ死に、
また、ある時は元気があった者も、老いたなら(40代ぐらいでもう老人らしい)すぐに死んでいくだけ、と、
葉っぱの先の水玉が少しずつ大きくなって、重くなったら落ちていくだけのような、
そんな風にしか考えてないようなのだ。
無欲というのか純粋な欲望しかなくなった状態というか。
ただ、イク族も飢えにさらされる以前はそうじゃなくて、家族や共同体みたいなものも信じられていたのだが、
飢えのレベルがあるところを超え、数年のうちに一気にそうなってしまったようだ。
ただ、老人はとにかくすぐ死んでしまうので、その頃のことを記憶している者自体がいない。

強烈なこの本の中でも印象に残った部分を書き出しておく。

「母親は子供を地面におろすと、あとはほったらかしにしたまま、いっそ豹か何かがやってきて子供をさらって行ってくれればいいというくらいの気持ちで自分の仕事にとりかかる。事実、私の滞在中に一度そういうことが起こったが、(中略)そのとき、母親はそのことを喜んでいた。彼女はもう子供を背負って歩いたり養ったりしなくてもすむようになったわけで、なおその上、このできごとは、豹が子供を消化するためにどこか近くで眠っているということ、つまりはその豹をたやすく仕止められるということを意味した」

「イク族は、精神的にも肉体的にもそのような強制力(法律とか)に支配されることなく暮らして行くすべを学び取ったのである。どうやらかれらは、人間の根本的なわがままとして受け入れるべきもの、つまりは、何をおいてもまず一個人として生き残ること、という、人間存在のごく自然な目的を承諾するところまで到達したようだ」

「ロリム(人名)は、自分の命もあと二、三時間だということがわかったから、どうかなかへ入れてくれ、と頼みにロンゴリ(人名、ロリムの息子)のところへ行ったのである。しかしロンゴリとしては、そんなことを承知するわけにはいかないのは、わかりきった話だった。ロリムほど重要な地位にあった人物ともなれば、その葬儀には盛大な御馳走を出さなければならない。そこで、ロンゴリはその頼みをしりぞけた。するとロリムは、それならナンゴリ(人名)の家のアサク(入口)を開けてくれ、せめてそこまで這って行ってでもそのなかで死にたいから、と頼んだ。(中略)しかしロンゴリは、それもことわった。(中略)死ぬなら外で死んでくれ、先祖なんどこっちの知ったことか、そんなものはあんたみたいな無知な老いぼれの妄想にきまっている。そう言ってロリムを追い出してしまったのである。おれのしたことにひとつでも間違ったところがあるかね、とロンゴリは私に言った」

「私としては、イク族が老人たちをできるだけ早く、できるだけひっそりと、こんな世界から消え去らせることに対して、あまり手きびしい判断をくだすわけにいかない、と思わざるを得なかった。(中略)ぶどう酒や冷蔵庫で冷やしたソーダ水どころか、もっと基本的な必要物すらろくに口にすることもできない状態にありながら、どうしてこんな世界にいつまでも執着しなければならないのか、(中略)それが私には依然として謎であった」

という感じで、なんともひどい、さっさと死んだ方がマシな世界を生きているイク族なのだが、最後に著者は、我々も大きな視野でみれば同じことをしているというように書いている。例えば、解決できない規模の公害や核戦争の危険を残しながらも、とりあえず当座の利益を優先して生きていることは、未来の子どもたちが食べようとしている食料をその口から奪って食っているようなものじゃないかという。他人よりも自分を優先すること、自分が生きるためには仕方ないと考えるその考えの延長線上にイク族の惨状はあり、社会は全体的にそっちへ近づいていっているというようなことを書いていて、それが1971年の時点で書かれているんだと思うと、世界は変わってないっつうかグングンそっちに行ってる感じがする。

遠い世界の話のような気がするけど、おいおい!こんなことあんのかよー!とか思って読んでいるうちにどんどん今の世の中と重なってきてゾッとしてくる感じであった。

22時から巴さんと246スタジオで2時間練習。
4/22のイベントを前に全然イメージが固まってなかったのが、なんかやれそうな気がしてきた。
それにしても246スタジオはすごく細かいところまで気が利いていて、
受付で発泡酒売ってるし、練習の模様をタダでCDにしてくれたりするし、
今日いいなと思ったのは、エレドラの新しい製品を無料でレンタルできるみたいなのを
おそらく楽器メーカーと提携してやっていて、
確かにスタジオで新しい楽器を無料で試せたらじっくり遊んでみることができるし、
楽器メーカーにとってもすごい良いことだよなと思った。
そういう、確かにそれ良い!みたいなアイデアが色々実践されていて毎度驚く。
なんとあの円広志が創業者なんだという。

スタジオの下のコンビニで酒買って巴さんと少し談笑。
帰宅して今日は早く寝るつもりがこの日記を書いていてだいぶ夜更かししてしまった。

[PR]
by chi-midoro | 2017-04-19 03:09 | 脱力

ブラックニッカ日々 2017-04-17

朝、ふと目が覚め、もう少し寝たいなと思いつつ結局起きていてしまった。
午前中に用事を済ませ、昼からシネリーブル梅田に「牯嶺街少年殺人事件」を見に行く。

ずっと前にobocoさんの「街道そだち」に缶べキュー係として参加した時に上映していた作品の一つがこれで、その時、自分は映画を上映しているフロアとは別の場所でぼーっと座っている必要があったので、見れなかった。
4時間近くあるっていうのと、とにかくすごい作品だということだけ知っていて、いつか見てみたいと思っていたら、最初の公開から25年ぶりにリマスター版の上映が始まり、大阪でもやっているというので見に来たというわけ。

梅田シネリーブルは梅田の地下道を通ったスカイビルの中にあって、ちょっと行きにくいと思っていたけど、家を出て20分後にはそこにいられることが今日試してみてわかった。「バンコクナイツ」もここで上映していてまた見にくるつもりなので、1,000円の年会費を払って「TCGメンバーズカード」というのに入ることにする。これを持ってたら週に2回、1,000円で映画が見れるという。

「牯嶺街少年殺人事件」はもともと普通に見ると2,200円するところが会員割引で1,800円に。なんと400円も得。その金でポップコーンを買う。しかし、梅田シネリーブルのポップコーンは量もそんなになくて300円して、湿気てるのでその点だけ不満である。

12時過ぎに映画が始まって終わったのは16時過ぎだった。
途中眠くなったらどうしようと思ってそれが不安だったのだが、やはり眠くなり、ウトウトしながら見ていたところが何か所かある。

しかし、ちゃんと起きて見ていたところも含め、見た端から忘れていくというか、
各場面をふと思い出すことはできるんだけど、順序立てて並べられないような、
それは長さや情報量の多さもあるのだが、一つ一つのシーンが一つのことだけを言おうとしてなくて、
絶えず拡散していくようになっている印象。
例えば主人公の男女が大事なやり取りをしている場面に、別の人物が交差して、背景ではストーリーに関係ない町の人々の生活が映っていて、みたいな。(かと思うと、闇の中ですごく限られた範囲しか見えないようなシーンもたくさんあり、一概には言えない)

なので、見終わっても「どうだった」みたいな感想がなかなか湧いてこない。
ただ、保坂和志が「そうみえた秋刀魚の味」という短編でやっているみたいに、
家にいる間、絶えず繰り返しこのDVDを流しておいて、「あれ、こんなシーンあったっけ?」みたいに見てみたいという気持ちが強烈にした。

小明という女の子が魅力的で、ものすごい美人のように見えたり、全然そう見えない時もあり、そこが最高。
他にもやけに美しく見える女の子がたくさんいた気がする。
不良グループの対立関係みたいな部分とか、よく分からないままだったのでとにかくまた見たい。

映画館を出たら雨が降っていた。
走って駅に向かい直帰。

久々に製麺機を回してラーメンを作り、豆乳鍋に入れて食べたらうまかった。
その後、まったく抵抗のできない眠気に襲われ、深夜2時ごろまで寝る。
今夜中に入稿しなきゃいけない仕事を思い出し、慌てて書く。

[PR]
by chi-midoro | 2017-04-18 04:14 | 脱力

ブラックニッカ日々 2017-04-16

昼、スパゲティを作って食べる。
ソーセージとキャベツとトマトを入れて適当にやったら美味しかった。
だいたい30%の確率で美味しい時がある。

まあどんなに美味しくなくても自分が作ったものは評価の外というか、
作ったからには食うけど。

ポカンと暇な時間ができ、
原っぱに寝転びに行きたい気もしたけど、取材に必要な買い物をしに行くことにした。
地下鉄に乗って日本橋から心斎橋方面へ歩く。
すごい混雑ぶり。
途中、ダイコクドラッグに入ったら、もうその店は中国や韓国からの観光客専門の店舗になっているらしくて、
お店の人がたぶん「何をお探しですか?」みたいなことを中国語と韓国語で聞いてくる。
どうしていいか分からず身振りで大丈夫ですと伝えようとしたらうまく行かず照れて店を出る。

喫茶店でお茶して帰宅。
夜はうどん屋のカレーうどん。

あっという間に時間が経ち、眠くなった。
夜中に起き出して少し仕事。

[PR]
by chi-midoro | 2017-04-18 03:45 | 脱力

ブラックニッカ日々 2017-04-15

なんとか午前中に起床。
テレビ見るも、案外ニュース番組自体やってない。
そんなものなのか。

ハイヒールリンゴが司会の、小藪とかダイアンとか出てるニュース番組しかなくて
仕方なくそれを見る。とにかく今のところ動きは無いようだった。

ボーイズを皮膚科に連れていく。
やたら混んでいて2時間ぐらいかかる。
塗るクリームもらう。

帰りにスーパーでもやしと50円に値下げされていたヨレヨレのほうれん草を買って帰り、
茹でで袋めんに乗せて豪快に食べる。

夕方から一時雨とのことだが、せっかくの土曜だしと外へ。
ボーイズよりカラオケ行きたいとリクエストあり、
ジャンカラで1時間。
無料のウーロンハイ、薄いぜと思って何回もおかわりしてたら結構酔ってきた。
槇原敬之「どんなときも」を大声で歌う。

外に出たら、ちょうど雨があがった後らしかった。
桜ノ宮の造幣局まで行き、通り抜けの桜を見る。
桜の咲いてる造幣局の敷地のすぐ外にものすごい長さで色々な屋台が出ているのが見えて、
桜も綺麗だが、そっちの方が気になる。
屋台で使うのはもったいないので前を通って雰囲気だけ味わう。

天満でご飯食べて帰宅。
やたら疲れ果てて眠い。
ひとまず今日は戦争が始まらなくてよかった。
東京駅で買って飲まずに大阪まで持ってきた氷結を飲みながらゴロゴロ。

夜中に起きて仕事。
今週1週間ほぼ働かなかったので来月が恐ろしすぎる。
来週こそがんばらなくては。

[PR]
by chi-midoro | 2017-04-16 02:24 | 脱力

ブラックニッカ日々 2017-04-14

二日酔い。ずっと寝床。
しかし新幹線に乗らねばならない。
東京駅へ向かい、10時56分発のこだまに乗る。

クーポンで氷結のロング缶を買ったけどそれを開けもせず、
車窓を眺めるでもなく本読むでもなくとにかくずっと寝てた。
北朝鮮とアメリカの緊迫状態のせいなのか、
新幹線を警察がウロウロしていたように記憶している。
途中トイレにうずくまったりしつつ、
ようやく目が覚めたらもう京都。せっかくの新幹線なのにもったいねえー!

まっすぐ帰宅し、一休み。
桜ノ宮の桜は思ったよりまだ残っていた。
少しして図書館に本返しにいってまた借りて、
夕飯の材料買って帰る。

「私たちが熱狂した90年代ジャパニーズヒップホップ」を読む。
YOU THE ROCKや宇多丸とかDJ KENSEIとか古川耕とか色々な関係者のインタビュー集。
昨年末に出た本で、「フリースタイルダンジョン」で盛り上がる日本語ラップの源流はこれだったんだぜ的な内容。
自分が高校生だった頃の日本のヒップホップの何かが始まる最初の熱気、みたいな感じと、
あと実はさんぴんキャンプの出演者たちもスチャダラやソウルセットもみんなもともと遊んでた場所は近かったりして、
それぞれが独自のスタイルを模索した結果、立ち位置が違っただけでそんな仲悪くなかったという話など。

宇多丸インタビューの中、
当時掲げた「B-BOYイズム」とはどんなものだったんですか?という質問への答えで、
「一言で言えば、自分たちの生活に密着してる文化、生活感のある文化っていうこと。その前の、バブル的なというか、80’s的な価値観って、普通の日本人の日常的な生活感からは、実は乖離してたと思うんです。今の若者には分からないかもしれないけど、とにかく何かと金がかかるようにできてる時代。デートは高級レストラン、ディスコ入るにも洋服チェックあり、みたいな。そういう価値観に対して、もっと普段着の、言ってみれば、俺たちのこの生活がかっこいい、という考え方にシフトできないものか、と」っていう答えや、
TOKYO FMで「ヒップホップナイトフライト」を担当していた森田太のインタビューで、今の日本語ラップについてどう思うかという質問に答えて、「以前、ミッシー・エリオットが来日したときにインタビューしたことがあるんですけど、彼女に日本のヒップホップについて尋ねたところ、「アートが足りない」って言われたんです。そのとき僕はすごく衝撃を受けて、その通りだなと思いました」っていう答えが印象に残った。あと、「ヒップホップナイトフライト」の収録の時は毎回呼んでもいないB-BOYたちが何十人もスタジオに詰めかけ、毎回2台ずつスタジオのラジカセが盗まれてヤバかったという話も。

夜は水炊き。ポン酢は無限にある。
というかまだシカクに大量のポン酢を置かせてもらっている。
取りに行かなくては。

一度寝て起きて仕事。

アメリカと北朝鮮の衝突が明日の「金日成主席の生誕105周年の式典」での軍事行動を発端にスタートするかもしれないということで、色々調べてたら眠れなくなった。

[PR]
by chi-midoro | 2017-04-16 02:08 | 脱力

ブラックニッカ日々 2017-04-13

アメリカと北朝鮮の情勢について報道しているテレビのチャンネルをパシパシ切り替えながら横になっている。
行きたいところがあったのに起きあがれず、時間になってしまった。
高田馬場駅でミヤマッチと合流し、安田理央さんの事務所へ。

今日は安田さんの事務所で玉置豊さん主催の製麺会が催されるのだ。
安田さんの広いベランダにテーブルを置き、
地面に製麺機や寸胴を置き、それぞれ好みの味付けで麺を食べるというシステム。
自分は行きがけに買ってきた「エバラ キムチ鍋の素」を希釈せずにかけて、
ごま油や海苔と一緒にぐるぐるかき混ぜて、辛めのまぜそばを作って食べた。
ミヤマッチの持ってきた白湯スープで食べたのも美味かったなー。
玉置さんが豆乳をベースにして作ったやつが異常に美味しかった。
ラズ先生が持ってきた「うなぎダレ」はあんまり合わなかった。

モギさんや、ヒロセさんなど酒の先輩方やパリッコさん玉置さんとあーだこーだワイワイやりながら
(ワイワイやり過ぎて大家さんに怒られてしまった)
楽しいひととき。気づけば夜がきて、片付けした後、「ニュー浅草」で飲む。

その後、記憶がぼんやりしているが「回転寿司」行って、おしゃれなバーでピザ食べて、
さっきラーメン食べたのにいくらなんでも食い過ぎ。
酒の先輩方の食欲のすごさに驚く。

23時ごろ解散。
さらに飲みに行こうかと思ったのだが、気づけば電車を乗り過ごし、なんとか最寄り駅まで引き返す。


[PR]
by chi-midoro | 2017-04-14 23:13 | 脱力

ブラックニッカ日々 2017-04-12

昼起床。
昔、江戸川橋に住んでいた頃によく通った「りゅうほう」のラーメンが食べたくなり、
地下鉄で神楽坂へ。

お昼時だったこともありすごく混んでた。
うまい。店のおばちゃんも元気そう。

天気が良くて飯田橋駅まで歩き、
そこから東京駅へ。

東京駅の「東京ステーションギャラリー」でやっている
「パロディ、二重の声」という展示を見る。
60年代末から70年代までの日本のパロディアートの展覧会。
例えば赤瀬川原平の模造紙幣みたいなものから横尾忠則がルソーの絵を模写したやつとか、
雑誌の「ビックリハウス」とか色々展示されていた。
その頃のガロとか好きで読んでいたので、
すごくそのあたりのセンスは分かる。
ちょっと「冷笑」っぽいブラックジョーク感というか。
会場に井上ひさしの言葉が掲示されていて
「わたしたちのまわりで時めいている<偉大なもの>とその亜流はすべてパロディの原料にするのがよい。(中略)<偉大なもの>とその亜流を常に<卑小なもの>と同じところへ引っぱりおろし、笑いのめし、笑いの前ではすべてが等価値であり、無であることを知らしめておかなくてはならない」と書いてあった。
これは1979年に書かれた言葉だそうなのだが、こういう「権威を笑いで引きずりおろせ!」みたいな感覚は今はすっかりなくなったと思う。こういう戦い方が有効な時代じゃなくなったという感じが、展示を見ていてすごくした。もう冷笑している場合じゃない状況になってしまったような。

なので、展示全体が結構のどかに見えた。
もちろんパロディの面白さが死んだわけじゃないんだけど、
2017年のパロディって、もっとTシャツとか、イラストとかそれぐらいふわっと軽く存在するのがいいぐらいになっていると思った。

JR東海の窓口でぷらっとこだまのキップを買い、
東京駅からうろうろ歩く。
茅場町の酒井古書店に立ち寄る。
パリッコさんと前にこの辺を散歩していて見つけた文庫専門の古書店で、
テーマ別に本が分けられていて面白い本がたくさん見つかる。
深沢七郎の読んだこのない小説2冊買う。

せっかく茅場町に来たし!と近所に住む高野さんのことを思い出し、
いきなり連絡してみたところ、少しの時間散歩につきあっていただけることになった。
酒の飲めるコミストキッチンで高野さんを待ち、
花見がてら隅田川沿いを散歩。
満開のさかりは過ぎた感じだが、ところどころ綺麗な場所があり、
思った以上に花見気分を満喫できた。

高野さんと別れ、部屋で一休みして赤坂に飲みに行く。
24時ごろ帰宅。

[PR]
by chi-midoro | 2017-04-14 23:02 | 脱力