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ブラックニッカ日々 2017-11-16

朝から仕事。
また嫌な仕事先から、事情が二転三転したみたいな連絡が来る。
請求手続きが変わるそうだ。
なんでいちいちこんな嫌な言い方なんだろう…と思いつつ、
相手の名前で画像検索したらなんか思ったような嫌な顔だった。
が、それを見て、かえって優しい対応ができた。

原稿を書きながら「アメトーーク」を流していて、
例えばハゲてたり太ってたりする芸人がそれをネタにする、というようなことがもちろんたくさんあるんだが、
人のコンプレックスやどうにもならない欠陥をビシャっと指摘してあざ笑うような笑いがようやく「それは下品だよ」っていう風に指摘される風潮になりつつあり、きっと芸人たちはむしろ欠陥がある方がそれをネタにできるから強い!と思っているかもしれないと思った。

今読んでいる酒井隆史『暴力の哲学』の中に、水平社の話が出てきて、「人間性から排除されていたからこそ人間性そのものを代表できるのだ」という姿勢であると書かれていた。つまり徹底的に弱いがゆえに最も下から世界を俯瞰できるというか、どこまでも弱いから権力の誤りがすべてわかる。
宝塚で見たラスプーチンの「最も弱い者の祈りだけが神に届くのだ」というセリフも思い出される。

自分が今ちょうどいいと感じている生き方も、できるだけ力を持たないように、自分が嫌だと感じる負荷がかからない、
それでいて暮らしていける、月に1回なら5千円の飲みもできるようなペースを求めており、
っていきなり話が生活じみてしまったが、
売れること、何かの大家みたいになってしまうことの方が怖い。
会社にいると、年齢を重ねるごとにどうしても若い部下が増えて上の立場に追いやられ、
それができないといきなりつまはじき者、窓辺の人となる。
ずっと平社員でいたいと思っていた。
でもそれが無理になり、「君もそろそろ部下を統率してだね」と言われてトライして、向いてなくて辞めたのだった。

低空飛行をできるだけ長く続けること、力を持ちかけたらそれを何らかの方法で回避すること、などが自分が考え事をする時のしばらくのテーマになりそうだと思った。

19時に家を出て十三へ。
オレリアンとオレリアンの友達の岩淵さん、後から参加のガキさんという4人で飲んだ。
商店街の切れ目にある「美味小籠包」という店にふらっと入ったのだが、
やたら美味しかった。お店の人は中国の北部の出身だといっていて、義理の弟はモンゴルの人だと言っていたかな。
とにかく、中国の中心部と比べて味付けが濃いのが特徴だそうだ。
小籠包や水餃子など食べる。

その後「得一」に移動し、2杯飲む。
強烈な愛想の悪さ、だが、流行っている。
店がすごく流行ると、だんだん高圧的で許されるようなムードになる。
その境目が気になる。
同じ得一でも、空いている店はすごく気さくなのである。

もう一軒!と十三屋のある路地の正宗京屋に入る。
客は誰もおらずもう終わりかと思ったが23時までやるというので入る。
優しそうなお母さんが一人でやっている店。
しばらく歓談していたら店の奥から灰色の猫がすっと出てきて、
引き戸を開けて出ていった。
後で帰りにその引き戸を引いてみたら結構重くて驚いた。
お店のお母さんによれば、
お店で飼っているのではなく「いつも決まった時間にきて決まった時間に帰っていく猫」なんだとか。
「でもあの引き戸を自分で開けたことはなかったわー!びっくり!」と言っていた。

オレリアンとオオルタイチの話、最近聴いている音楽の話、東京の高円寺あたりの話など。
来年の2月にまた来るらしい。

23時半頃解散。
梅田でオレリアンと別れて帰路につく。

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by chi-midoro | 2017-11-18 13:51 | 脱力
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