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ブラックニッカ日々 2017-11-17

午前中は仕事。
昼に家を出てシカクへ出勤。

西九条のラーメン屋「ふくまる」で味噌ラーメン。
お店の人がすごく温かくて最高なのだが700円はちょっと高く感じるラーメンだった。

シカクへ着き、通販作業、入荷した商品の登録作業など。

ここ最近ではシカクで仕事をした後は飲みに行くのが定番化していたのだが、
それだともらった給料がその場で無くなっていくので、
今日は鍋でもしませんかと持ちかけ、みゆきさんは22時ぐらいの深夜バスで東京へ向かうのだが、
それまでやりましょうということになった。

なので18時に早上がりし、スーパーに食材や酒を買いに行く。
そして2階の部屋でカレー鍋を用意。
19時半ごろ、仕事を終えたみゆきさんと香山哲さん夫妻がやってきて4人で飲み食い。
香山さんがハートランドのでっかい瓶ビールを差し入れしてくれる。

昨日に引き続き、力を持たないスタイルの話などをした。
香山さんは考え方がなんかカチッカチッと高速でパターンを選び出すみたいな感じで、
自分と違って面白く、それでいてネガティブじゃない。
ネガティブじゃないっていうのは、現状を悲観はしてるんだけど、
そこから逃れる術があるんじゃないか、とか、それを覆すことだってできるんじゃないかと思っているというようなことだ。

あらゆる居酒屋の特徴、「メニューの数」「壁の汚さ」「大将の怖さ」「店名」などを細かにパラメータ化して集積、その膨大な各要素をコンピュータをランダムに組み換えてパッと
「おかの」
⇒東中野にあるカウンターだけの店。大将の奥さんがタイの方なので、和風なメニューに突然タイ料理が混じっていてそれがかなり旨い。
みたいな、本当は無い店を生成し、パリッコさんがそこに行った体で酒記事を書く、というのはどうだろう、などという話から、
キリスト教圏では、「自分がこのような姿形で生まれたのは自分のせいではない」という考えが根底にあり、
体はあくまで器だから、例えば人前で裸になることに対する羞恥心も薄かったりする。だってそれはただの皮膚で自分そのものじゃないんだから。極端にいえばそういうような価値観があるのに対し、日本だと「ああ、2代前の先祖さんが祟っていますねえ。だから右肩が重いんですよ」みたいな、根拠もなく、因果を背負う⇒そこから逃れられない⇒だから自分はずっとこうなのだ という窮屈な自分観に自分からむしろ進んで支配されたがるようなところがある。
キリスト教の罪悪感が、アダムとイブからスタートしている、つまり「みんな罪人」というものなのに対して日本の罪悪感は個人とか家系、血縁みたいな狭くて陰気なものに基礎が置かれている。「それが嫌ったらしいよね」というような話。

みゆきさんが荷物を持って出発した後も終電までしゃべっていた。
やはりこうやって色々な人と話していると、思ったより全然自分の考えがあやふやなこともわかるし、違う価値観も入ってきて、どんどん、ぐにゃぐにゃになっていく。それが面白い。

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by chi-midoro | 2017-11-18 14:11 | 脱力
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