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ブラックニッカ日々 2018-01-02

昼カップ麺。
テレビ見たり見なかったりゴロゴロ。

何でか自動で録画されてたホストのドキュメンタリーをぼーっと見る。
ホストの世界は派手だし、チャラいみたいなイメージで、
あんなものにお金をつぎ込む女性はどうかしてる、って自分も思ったことがあるけど、
宝塚見ていても、アイドルもそうだろうし、何かに身を尽くすみたいな感じ、
自分を投げ打って奉仕する楽しみみたいなものの根っこが同じものがたくさんある。

そう考えると自分は、これ!という身を尽くす対象が無いのかもしれない。

夕飯は「かに道楽」の通販で年末に買ってあったカニの鍋。
カニうますぎる。あっという間になくなる。
年に何度もじゃなくていいからまた食べたい。

ようやく去年の画像あれこれの整理が終わり、
ついでに2016年、2015年の、と思い出を掘り返してみて不思議な気持ちになる。
時間の遠近の仕組みが全く分からない、
最近ことでもやけに遠い場所にしまわれたり、なぜか何度も思い出す遠い記憶もある。
記憶についてだけでなく、人から言われたことが10年かかってある時、ふと腑に落ちたり、
「あの映画よかったよ!見た方がいい!」って言われたのに7年後やっと見たりする。
そんな風に、自分の中に言葉や考えが届くその時間の流れもまったく1秒1分1時間という正確な刻みとかけ離れている。
時間が自分のフィルターによってぐにゃぐにゃにねじまがるようなイメージ。
そのぐにゃぐにゃの時間はすごく自由で、どこにも固定されなくて、良いと思った。
前にbutajiさんと飲んだ時にそんな話をしたことを思い出す。

夜更かしついでに武田百合子の「あの頃」を読む。「ギョッとする会話」という文章で、食堂で隣り合った男女がどこか借りものっぽい、テレビのレポーターみたいな言葉で会話しているのが聞こえてきて驚いたということが書かれている。

「普通の言葉を使って話せばいいのに。自分にも相手にも分かり易い言葉を使って話せばいいのに」と書いている。
自分の思っていることを自分でない相手に伝えるなんて本当に困難なことなんだから、
できる限り相手がわかるような(それがうまくいったか確かめようはないにしても)やり方をしなきゃいけない。




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by chi-midoro | 2018-01-04 13:19 | 脱力
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