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ブラックニッカ日々 2018-01-11

今日は一歩も外に出ない。
そういう強い気持ちがあった。

昼はカップ麺に余り物野菜。

パリッコさんとの書籍用のチャット。
ただ楽しいだけだが、一応仕事をしたということでいいんだろうか。

あっという間に夕方が来る。

豆腐ともやしを煮たものを食べる。

図書館で借りた星野光世「もしも魔法が使えたら 戦争孤児11人の記憶」を読む。
著者の星野さんは空襲で親を亡くした戦争孤児で、その記憶から逃れるようにして生きてきたが、ある時、その当時のことを絵にして残そうと思い立って、83歳になって絵を描き出した。
そこから、同じような体験を持つ人たちの話を星野さんが絵にするっていう、この本のもとになるプロジェクトが始まり、それがまとまったのがこの本だということらしい。
星野さんの絵は良い。山本作兵衛の炭坑の絵みたいな。

戦局が悪化して学童疎開という流れから、子どもだけ東北の親戚の家だとかに疎開⇒親は残って都市で仕事⇒都市が空襲があり親が亡くなる⇒子どもだけ残り、帰る宛てもなく浮浪児になる
という風になってしまうケースが多かったんだという。

「火垂るの墓」みたいに、10歳ぐらいの子どもが親戚からも疎まれ、ものすごく働かされた上に自分だけ馬小屋で寝かされて、食事は白湯にごはん数粒、っていうことも本当にあり、ある朝、小屋に行くと冷たくなっていたりしたという。あと、上野駅周辺に数百人から千人ほどもいたという浮浪児たちの集団には、過酷なヒエラルキーみたいなのがあって、そこから脱落したらもうこの世のどこにも居場所がなかったし、GHQに浮浪児をクリーンにせよと命令された政府が「刈り込み」と言ってそういう子どもたちを集めるんだけど、収容する場所はないからトラックでどこかの山中に放り出して行くとか、そんなこともあったらしい。もちろん、その過程で弱い子はどんどん死んでいった。

さらに残酷なことには、なんとか生き延びた浮浪児たちには差別が待っていて、その出自を知られると縁談が破談になったりすらしたという。

戦後の浮浪児のことはあまりに暗く悲しい話過ぎてスポットが当たってこなかったそうなので色々本を読みたい。いま読んでいるけどボリュームがすご過ぎてなかなか進まない「関東大震災朝鮮人虐殺の記録: 東京地区別1100の証言」もそうなんだけど、震災や戦争とか、日常から何かが奪われた時に、普段こうして安定している自分が突然危機にさらされる。優しさや寛容さも失って、空腹と不安から盗んだり、それを独り占めしようとしたりもするかもしれない。

ツイッターで日々色々な意見を目にしてなるほどと思ったり、そうかなと思ったり、色々あるけど、そうやって考えている自分の状況がもし揺らいでも、揺れる地面の上でも同じ自分でいられる保証なんてない。普段温厚な人が激烈に残酷なことをするかもしれない。その、自分への不信感を一切考慮に入れないで考えていることが、普段の自分たちで、「俺は絶対そんなことはしない!」って今いくら思っても、その地盤がなくなったら何もかもわからないんだって思っておいた方がいい。むしろ、そういう時の、コントロール不能状態の自分たちを守るために、法律が必要だったりするんだと思う。

いくらかの金、屋根と寝床、頼れる誰か、そういうものがいくつかパッと消えただけで、自分は自分でなくなってしまうかもしれないのだ。



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by chi-midoro | 2018-01-13 02:12 | 脱力
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