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ブラックニッカ日々 2018-02-07

昼、今日はどこかのラーメン屋へでも遠征してみようかと思っているうちに、
母から、父と生駒軒に行くと連絡が。
じゃあまあ行くか、と結局今日も。
しかし、なんかいつもと変えてみたいと思って「肉ソバ」を頼んだ。
チンジャオロースっぽい感じのあんかけのものが乗った醤油味のラーメン。
うまい。
壁を見ると「ねぎラーメン」「ねぎソバ」っていう別々のメニューがあって、父がお店の人に「どう違うんですか」と聞く。
ねぎラーメンは、ねぎと一緒に炒めた油をラーメンの上にかけたもの。
ねぎソバは一回麺を水でしめたところにねぎ油をかけたもの(油そばっぽいのかな)とのこと。

こんな風に、10何年通っている店でも知らないことばかりだ。
一つの店に一生かけたっていいんじゃないか。
みんな(俺も)次から次に店を渡り歩くけど、一つの店に100回行く面白さもある。

一度部屋に戻り、支度して上野へ。
上野の科学博物館で南方熊楠の展示をやっているのを見ておきたくて来た。
どこにも看板が出てなくて、科学博物館は「アンデス展」の「美少女のミイラ来日!」みたいな看板はあるんだけど、
熊楠のことはどこにも書いてない。こりゃ、間違ったかな、と思ったけど、行ってみると熊楠展もやっていた。

熊楠展は常設展の中の企画展ぐらいの規模で、アンデス展は特別展っていう規模で、
つまり熊楠は扱いが小さいのだ。

入口に「小冊子ひとり一冊まで。スタッフにお声掛けください」みたいに書いてあって、何かと思いつつ、
「あの、これはー?」と聞いてみるとサッとパンフレットをくれた。
しっかりした作りのA4の冊子で、気づかないともらえない感じだったので得した気に。

展示内容は熊楠のスケッチや、膨大な書簡、使ってた道具、標本類などなど。
とにかくその熱量に感動する。
8歳ぐらいからとにかく学校の本を模写しまくっていたという。
で、実は熊楠の研究は近年ではそれほど学術的に重要じゃないっていうか、
正確じゃないところがあったり、あとの時代になって覆されてしまったりということも多いのだそうなのだが、
今回の展示では、その成果に目を向けるというよりは、熊楠のインターネットっぽさ、に着目していた。

あらゆるところからできるだけ情報を持ってくる(百科事典的知識から、民話や伝承、もっとくだらない与太話までとにかく色々)。
で、その情報を自分の中で再構成していく。
展示の中では熊楠が「虎」っていうテーマで書いた原稿と、
その原稿を描くための草案を展示していた。
草案の方は、新聞紙の裏ぐらいの大きさの紙に、とにかく「虎」に関して熊楠が知っていることが、
めっちゃくちゃな配置で、脳内マップみたいにして書いてあって、
あとでそれを直列的な文章の形に直して原稿ができあがる。

なんでもとにかく書き写し、集められるものは集めて、「なんなんだこの世界は!」とずっと驚いて考え続けていたような感じがする。
「南方マンダラ」っていう熊楠が世の中の成り立ちを図にしたものがホログラムで立体として見られるように展示してあって、
紐が絡まってるような、まったくなんだか分からない物なのだが、世界はこういうものかもな、となんとなく思わされる。

展示を見終えてパンダ橋(昨日の酒の穴トークでちょうどここの話が出た)を渡って駅へ戻る。
部屋へ戻り、昼寝。

19時に家を出て新宿西口の「三平酒寮」へ。
ピコカルのマナブさんに誘われて飲むことになって、やつめさんからも連絡をもらったので、一緒に飲む。

「三平酒寮」って前に、モギさんが「何の変哲もなくていい」って言っていて、
確かに、安いわけでも名物料理があるわけでもない。なのだが、いつ来てもすぐ入れる。広い。
政治的な態度の話、酒とは、性とは、みたいな話だったような気がする。
ノンポリだというマナブさんに「日記に左翼っぽいことをよく書いてますよね」と言われて、
自分はなんでそういうことを書いているのか、しかしいざとなると理由は説明できず、
ただ、世の中が大多数の方に傾いていくのが怖いから、みたいなことしか言えなかった。

もう1杯飲みましょう。と日高屋に入ってホッピー飲む。
自分の終電が一番早く、先に抜ける。

神田から歩き、メテオさんが吉野家で牛鮭定食たべてるっていうのがうらやましくなったが、
人形町の吉野家に着いたら改装中で松屋へ。
牛丼とキムチと卵とサラダかなんか食べる。

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by chi-midoro | 2018-02-09 16:17 | 脱力
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