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ブラックニッカ日々 2018-05-14

起きると昼前。
仕事のメールを送ったりしていたら時間となり慌ててシカクへ出勤。
吉野家で豚丼をまったくなんとも思わずかっこんで急ぐが結果的に30分遅刻。
新商品のレビューをどんどん書く。
良い本がたくさん入荷していた。

ビロさんが作ってくれた「脱線episode1」を1部いただく。
自分の文章を読んでみたら思ったより面白かった。

シカクの作業をしつつ、今日中に取材依頼の電話をしなきゃいけない先が2件あることに思い至り、
外に出て電話してみるがまるでうまくしゃべれない。

「あの、〇〇でライターをしている鈴木というものなんですが、〇〇というサイトがありまして、えーと、それが、あるんです。記事というかコラムを配信しているもので、WEBサイトですか。それが、色々あるんです。テーマが。色々の。その中で、ライターが各種、というか、色々なテーマでライターが書いて、書かせてもらった上で配信させてもらっておりまして、その中で私が、私も、その一人なんです。それで、先日、貴社様のことをなんかの、いや、なんかというか。なんというか、その、情報のリリース、プレスリリースですか?その中で、知ったというか、拝見したんですが、大変それが、自分の興味が深い、興味が深い、興味深いものに感じられた、わけなんでして」と、言うようにしゃべっていると、まず外なので、基本的に鳥がチュンチュン鳴いている。

なんで外で電話するかというと、中で電話するのが恥ずかしいからである。
オロオロしているところを見せたくないのだ。

それで鳥がチュンチュン鳴いていて、「ああ、なんだかわけわかんねえやつが電話してきたけど、こいつどこにいるんだ?なぜ鳥が?オフィスじゃねえな。なんで外なんだ?公園?こいつ、ホントに仕事してんのか?」と思われているかもしれないなと思いながら話し続けていると、ヘリコプターが頭上を通っていくバババババババという音がすごい大きく聞こえて思わず「は、はは。すみません騒がしい、えーとですねそれで」とようやくヘリが去ったと思ったら、近所の犬が俺を見つけて吠えまくってきて、その吠える声も相当大きくて、それがもし相手に聞こえていたら「こいつ、何?犬?犬に襲われかけている?野犬?公園じゃない?もっと、山道で電話している?こいつ、どういう状態?大丈夫?」と思われているかもしれないと思ってひたすら情けなくなってきて、とにかくメールでまたちゃんと今言ったことを言い直させてくださいとお願いして連絡先を教えてもらった。

それでどっと疲れ、シカクの作業を再開。
店内に「俚謡山脈」の民謡MIXを流し、しばらくして気持ちが落ち着いたところでもう一軒電話。
そっちはなぜかスムーズにしゃべれた。

19時になり仕事終了。
みゆきさんと「映画見たいっすね。もうなんか、今日このあと行きますか!」と話して、梅田に向かう。

スピルバーグの「レディ・プレイヤー1」という映画について、キクザキさんや中原昌也が面白かったと書いているのを目にして、見てみたいと思っていた。上映時間までまだ時間があったので駅前ビルの金券ショップに安い券ないか探しに行ってみたが、レイトショーってそもそも安いらしく、それを金券ショップの人が教えてくれて、無駄足となる。

ステーションシネマシティでチケットを買い、ポップコーンの最大サイズの塩味を500円で買い(コーラは自販機で100円で購入してあった)、上映時間を待つ。
上映は小さめのホールで、「あれ、案外そんなもんなんだな」と思った。レイトショーだからかもしれないが観客もまばら。
全部で15人ぐらいか。

「レディプレイヤーワン」は、2045年の未来が舞台で、その未来では世界中の人がゴーグルとボディスーツを着用して没入するVRの世界で満たされていて、主人公が実際の暮らしているのは九龍城みたいななんか荒廃した雰囲気の継ぎ足し建築の町で、容姿もなんとも冴えないやつなんだけど、VR世界ではかっこいい髪形のアバターとして生きている。

その「オアシス」という広大なVR空間を作り出したジェームズ・ハリデーという男はすでに故人なのだが、死ぬ前に遺言を残し、VR世界の中に3つの鍵を隠す。それを探し出した者にオアシスの運営権を託すという。なんせ世界中の人がやってるVRゲームなので運営権を手にすれば巨万の富を得たのと同じ。なので、「IOI」という現実世界に存在する大企業が人を雇ってゲームをプレイさせ、その鍵を探している。

で、冴えない主人公がその鍵を探し出し、「IOI」に妨害されながら「オアシス」の長を目指すっていう話なのだが、まず面白いのがVRの世界と現実の世界が両方あるから、例えば「IOI」が主人公を妨害する手段は二つある。ゲームの中で主人公を倒す(ゲーム内で死ぬと持ち物も持ち金もすべて失いリセットされる)か、現実世界で主人公を殺してしまうことだ。なので、主人公はその両面で狙われることになる。

その現実とVRのバランスが面白くて、スラム的な町の人々がVRの中にだけ希望を見出しているような世界観(ちなみに映画に登場する現実世界は主人公が住んでいるほんの狭いエリアだけ)なので、辛い現実より、好きな自分でいられるVRの方が人生における比重が高い。VR世界で死ぬことは、現実世界での絶望につながり、自殺する人もいるっぽい。主人公は何度も死にかけながら、ゲーム内の金で買ったアイテムに救われたりして生き延びる。「IOI」の策略にはまると、ゲーム内で大量の借金を負わされて、そのゲーム内の借金を返済するために現実的に拘束され、ゲーム内で労働をして通貨を稼がせられる、みたいなことになる。

その行き気が目まぐるしく、混ざりあっていてクラクラする感じが面白い。あとゲーム内の音の感触、人が死んでバラバラバラっとコインになって、そのコインが相手に取られるみたいなグラフィックがいちいち凝っていて気持ちよい。

また、VR空間の創始者のジェームズ・ハリデーが80年代カルチャーに愛着を持っているために、ゲーム内に80年代の感覚が散りばめられている。例えばゲーム内のディスコではNEW ORDERのBLUE MONDAYが流れている。映画で一番かかる音楽もヴァンヘイレンのJUMPだった。っていうところが、映画の宣伝を見たりするとクローズアップされているようなのだが、実は80年代に限らず、ゲームというものが生まれてからVR化する未来までの幅広い歴史が包括されている。主人公は最後の鍵を探すためにプレイするのはATARIのアドベンチャーというドットだけのゲームだし、創始者ハリデーは終始スペースインベーダーのTシャツを着て登場する。

ゲーム内でプレイヤーが選択できる乗り物にはバックトゥザフューチャーのデロリアン、AKIRAの金田のバイク、メカゴジラ、ガンダムとかがガンガン出てきて、なんというか、80年代以降のポップカルチャーのアイコンが総出でお祭り騒ぎしているような感じなのだ。「僕たちが子どもから大人になるまでに見てきたものポップなものすべて」という感じ。

映画のストーリーはグーニーズとかから何も進歩してないペラペラな友情もので、笑ってしまうほどなのだが、その笑ってしまうこと自体が「でも俺は確かにそういうものに熱狂して生きてきてしまったんだよな」と自分に跳ね返ってきて、泣いてしまう。「そうだ。こんなしょうもないような、ゲームだの映画だの、そういうものと一緒に自分は生きてきたんだ」と。って言いながら、それはまさにゴーグル外すと現実なのと同じで、本当はそれだけが自分の人生だったわけじゃ全然ないんだけど、この映画を見ている間はそう思わされる。まばゆい。大人に向けた少年映画だ。

見終わって思ったのだがこれは3Dで見た方がいい映画かもしれない。もうその世界のまばゆさに身を任せきるひととき、っていう。どうしよう、3Dでもう一回見ようかな。

結構長い映画で、終わって外へ出るともう23時。風の広場のコンビニはもう閉まっているので、大阪駅1階のコンビニで酒を買い。みゆきさんと1缶飲んで帰る。

家に戻り少しゲームして寝る。

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by chi-midoro | 2018-05-15 18:05 | 脱力
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