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ブラックニッカ日々 2018-06-07

月面みたいなところに一人でいる夢。
みんながどこかシェルターのようなところで暮らしているのを知っていて、そこへの入り方を知っていたはずなのに思い出せず、途方に暮れている。暗い宇宙の景色が寂しいけど綺麗でもあり、あーとため息をついたような気がする。

今回東京にいる間に行っておきたかった「内藤正敏 異界出現」という写真展を見に恵比寿へ。
写真美術館が10時から開くのでそれにあわせて行こうと思ったけど、
そうすると通勤の混雑にあたりそうな気がしてずらす。
こうして、混んでいる時間を自分の意志で避けて移動できるということは
自分の気持ちにどれだけの余裕を生んでいることかと思う。
というか、もっとみんな通勤時間をずらしたり、休む日をずらしたりできないだろうか。
絶対にお互いのストレスが減るのに。

ガーデンプレイスに続く動く歩道が、エスカレーターみたいになんとなくどっちか側が歩き、逆がその場に留まっている人用、っていう感じになってなくて、もうほとんど全員サッサッと歩いていて、たまに立ち止まっている人は左側右側のどちらにもいて、なんかアナログなゲームみたいに上手に歩くのにコツがいる感じで、それがバカバカしくなる。動く歩道を脱出して普通の歩道を歩いてみたらそっちは空いていて歩きやすい。自分のペースでノロノロ移動しても迷惑にならない。

こういうことが色々なところで起きているように思える。高速で快適な移動手段に人が集まってかえって不快でビジーなものになり、少しノロマな手段の方にスペースの余裕ができて心の平穏を保ちやすい場が生まれる。たとえば、フェリーとか。新幹線のこだまとか。自分にとってはそんなイメージ。そういう方を選んで、嫌にならずに生きたい。

で、「内藤正敏 異界出現」だが、内藤正敏という80歳になる写真家のこれまでの代表作を展示したもので、内藤正敏は若い頃はシュールで実験的な写真を特殊な技法で撮っていたのが、山形で即身仏を見て一気に民俗学的な方向に興味がいき、以降、東北の寺社とか信仰の現場、恐山のイタコとかを撮ったり、出羽三山を撮ったり、遠野を撮ったりしている。

「婆バクハツ」っていう有名なシリーズの頃の作品が好みだった。その頃の写真が一番、撮りながら「なんだこれは!」って思っているような感じがして、その後の「これを撮るぞ!」っていう感じがする写真より好きだと思った。

それを見終えてミュージアムショップをひやかしていたら、尾仲浩二という人の写真集に目が留まり、パラパラめくったところすごくよかった。昔の写真集は高くて買えない値段だったけど一冊手作りのZINEっぽい写真集が700円だったのでそれを買う。

そして、森山大道が大竹伸朗の宇和島のアトリエをたずねた時のスナップをまとめた「宇和島」という本が出ていて、おそらく10年ぐらい前にすごいでかいサイズのフリーペーパーに載せるために撮った写真の、オフショットも含めてまとめ直した本のようで、自分はその宇和島の写真が大好きで大きなフリーペーパーをヤフオクでプレミア価格で買ったりした。なので、今回の本はすごく欲しくて、それは2000円だったのでそれも買う。

まだ時間があったので駅ビルの本屋をのぞき、中原昌也も寄稿している「鬱な映画」というムックが面白そうだったのでそれと石牟礼道子の「椿の海の記」の文庫を買う。

恵比寿から人形町へ戻る電車の中で美術館で買った2冊の写真集をパラパラめくって、あんまり作家性が強いものより、撮る対象に見惚れてぼーっとしているような写真が好きだとますます思った。森山大道の写真でもモノクロのどぎついやつはあまりにあの人っていう感じがしてそんなに欲しくないけど、この宇和島のスナップ集はめちゃくちゃぼーっとしていていい。古いスナックの建物がゆっくり朽ちて行くような寂しいけどどこか笑える感じがしてしみじみいい。

ちょうど部屋に戻る手前あたりで母から連絡あり、今日も生駒軒に行くことに。
今日はようやくちゃんと味わって食べられた。
野菜はいつも通りシャキシャキ。

部屋に戻ってひと休みするともうでなきゃいけない時間で、神保町へ。
パリッコさんと高部さんと打ち合わせする約束の時間まで15分ほどあったのでディスクユニオンをのぞく。
100円の7インチコーナーにあった中森明菜のレコードの中森明菜があまりに可愛くて買う。

古本コーナーを見たらずっと欲しかった「コミックソングレコード大全」「昭和のテレビ童謡クロニクル」があって両方買う。
いきなりお金がなくなったし2冊とも分厚い本で荷物がめちゃくちゃ重くなったが嬉しい。

そして打ち合わせ。サイゼリアでのんびり飲み食いしながらこんな企画はどうだろう、みたいなことをだらだらしゃべった。
その中で、「歩きながら飲む」ということの難しさについての話になって、お酒に対する視線が厳しくなってくる中で、
常に色んなことに気をつけてなきゃいけない(特にそういうことを記事に書くとかならなおさら)という話になり、
それこそちょっとしたゴミをそこら辺に残してったりしただけですごい反感を買うだろうし、あんまり群れて大人数になると途端に威圧感が生まれちゃって嫌がられる。
本当はここまで気にすることないよなと思うけど、とかく都会で上手に路上の酒を飲もうと思ったらそこら辺のサジ加減が本当に難しい。反面、コンビニで売られてる酒の度数はグングンあがり、イートインで飲めたりするようになって、盛大に飲ませる社会になっているような気がするのにね。というような話をして色々考えるところがあった。

サイゼリアでだいたいの話が完了し、小川町まで歩いて「アサヒ」へ。
その前に入った売店でパリッコさんが買い物ついでに店のお母さんに小さな木の台をもらって、
その流れで自分も高部さんも一つずつもらった。さすがパリッコさんである。

アサヒ、ヤバい店。
ずっと店長がブツブツ何か言ってるし、店の天井近くの棚にはわけわかんないオブジェが並んでいる。
でも客はいて繁盛している。謎。

そこを出てすぐ近くの「とうきょう」という店へ。
一杯飲んだだけでもう自分は飲み疲れて眠くなってしまった。
パリッコさんと交互にウトウトする。
しかし楽しかった。高部さん、穏やかで心地よく飲める男である。

神田駅で解散となり、もうヘトヘトなので帰ろうかと思ったが、カエさんとチラッと会おうと日中に連絡をとりあっていて、「もうすぐそっちへ行ける」というので道端に座って待つ。

絵はがきなど、お土産をもらい川沿いの公園でのんびりチューハイを飲む。
近況、八戸の話、四国の話など。
途中、遠くに割と大きなカエルがのそのそ歩いているのが見え、二人とも怖くなって、それからは立ち上がって飲んだ。
24時半頃までしゃべり、歩いて帰る。
途中、開いている吉野家に吸い込まれ、牛鮭定食のご飯少なめを食べる。

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by chi-midoro | 2018-06-08 10:20 | 脱力
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