起きて高校野球見ながらぼーっと過ごす。
11時半頃家を出て神戸方面へ。 今日は先日、吉村智樹さんとのトークイベントに来て下さった芝田真督さんと平民金子さんと三人で神戸を散策しようという日。 中畑商店前に着くとミツムネさんがいて、「金子さんは駄菓子屋さんにいますよ」と教えてくれる。 駄菓子屋では店主と金子さんが、今月末で閉店してしまうというすぐそばの「喫茶ベニス」について、 「もったいない。あの場所で喫茶やりたい人おるんちゃいますか」みたいな話をしていた。 芝田さんは早めに着いてその「ベニス」にいるという。 もう閉まってしまうんだしせっかくだから、とコーヒーを一杯飲ませてもらう。 この店ではアイスコーヒーのことを「コールコーヒー」と呼ぶようで、 メニューにそう書いてある。「コールティー」もある。 芝田さんが「ベニス」や、これから行くという喫茶「思いつき」や、中畑商店を撮影した写真を自分でまとめて本にした冊子をくれる。 どれも良い写真。完全にビシッと決まってる感じじゃなくて、ちょっと隙が残してあるというか、 文章もそうで、酒場を訪ねた記録でも、「名もなき市井の人である自分がふと酒場で飲ませてもらっただけ」という姿勢が貫かれている。 とはいえそっち側にストイック過ぎたりもせず、お茶目でもあり、それが芝田さんの穏やかなたたずまいそのもの。 芝田さんが「ここのカップにはね、ベニスという店名が書いてあるんです。それが綴りが、Bで始まるんですね。Vじゃないんだ」と話すと、少し離れた場所で聞いていた「ベニス」の息子さんがすぐにカップを持ってきてくれる。見ると確かに、「Benisu」と綴ってある。「この椅子もそうでしょう」と言うのを見ると、全席、背もたれのところに「B」という文字がくり抜いてある。すごく凝った椅子。 「ベニヤコーヒーというチェーンがあったでしょう。お分かりにならないかもしれませんね。大阪でいうとアジヤコーヒーのような。それがここの前身だそうで」と芝田さんがいうと、すぐにまた息子さんがここが「ベニヤコーヒー」だった時代のオカモチを持ってきてくれる。トレイに持ち手がついたような古い木の道具で、「ベニヤ」と墨書きしてある。出前に使っていたのかな。 あ、なるほど、ベニヤから店名を変更するのに「ベニス」としたんだな。それならBで始まるのも自然だな。と思ったのだが、後で見せてもらったこの店を取材した新聞記事によると、店名の由来は諸説あるそうだ。 その記事を見せてもらって読んだら「オレンジ片栗なんていう懐かしいメニューも」みたいに書いてあって、なんだそれと思ったら確かにメニューの中にある。金子さんが「ナオさん、今飲んでおかないと次いつ飲めるかわかりませんよ」というので、それもいただくことに。 とろっとしたオレンジジュースなのかなと思ったら、ドロッとした熱い食べ物で、水あめぐらいの粘度。スプーンですくって食べる。オレンジ味の寒天のドロドロした版みたいな。美味しい。昔は子どものデザートのような扱いだったそうで、金子さんはおばあちゃんに家で作ってもらっていたという。 次もあるので急いで食べて「ベニス」を後にする。初めて来て、おそらくもう来れない空間。不思議だ。 「ここがダイエーの創業者の中内さんの実家があったところですねえ。碑があるでしょう。碑があります。碑というほどのものじゃない」と、芝田さんが教えてくれる場所を見ると「ダイエー発祥の地」という札が立っている。 そういう風にここはこうでね、とお話を聞きながら「神戸ドッグ」のある湾岸の方を歩く。通り沿いに一軒角打ちがある「あそこ角打ちがあります。角打ちです。一度行ったことがありますよ。その時はね、大きな声では言えないですが、ちょっと生ビールがぬるかった。それで、それから行ってないんですが、面白いですよ。テーブルに缶詰だの色々置いてあって、ビールを置く場所がほんの少ししかない」。 芝田さんと金子さんが歩いていく少し後ろをついていくと、喫茶「思いつき」の前に。「ここです。これがね、ほら、開いているかわからないですよね。それで、いつも休みだと思ってしまうんだけど開いている。どうぞどうぞ」と促され、ドアを引いた。すると、さっき芝田さんの写真集で見た通り、この店の看板娘である四姉妹が一斉にこっちを向いて、「あら、いらっしゃい!」と出迎えてくれた。ちょうど他にお客さんもおらず、一斉に。良い瞬間だった。 金子さんもお子さんを連れてよく来るそうで「あら今日はアカリちゃんは?連れてきたらよかったのにねえ」とか、芝田さんには「芝田さん、どうです、お腰の方は、私も痛くて最近」など、4姉妹が次々に話しかけてくれる。自分にも「どちらからいらしたんですか?まあ大阪から、その前は東京にお住まいで、そうですか!たまに東京からいらしてくれるお客さんもいるんですよ。昨日もいらしたわね。ねえ」とかそんな話をして、「なんだかかわいそうな試合よ。こんな差がついちゃってねえ」と、テレビの高校野球を見やる。 アイスレモンティーをいただきつつ、なんとなく和田岬の「淡路屋」という、ビールの飲める駄菓子屋さんの話になって、四姉妹のお一人が「面白いお店なの。NHKにも出てましたねぇ。『72時間』に」というので「へー!そうなんですか!いつ頃放送されたんですか?それは知らなかった」と話すと、「録画してあるのが残ってたわよ、ねぇ録画してたよね?見ますか?」といって色々探してくれた結果、お店の方で今高校野球を放送しているテレビじゃなくて、奥の住居スペースにあがったところのテレビで見れるそうで、「どうぞ上がって見ていって」と、自分一人だけ奥の座敷に上がる。 扇風機がまわっていて涼しい部屋。座椅子にタオルがかけてあり、「どうぞゆっくりお座りになって」と座らせてもらい、最初から最後まで番組をフルで見る。 番組の中では、「淡路屋」の3代目の女性が地域の子どもたちの相談に乗ったり、昔この店に来ていて、今はスナックで働いている女性がお店で100円のクレープを食べていったり、なんだかすごくいい。小学生の低学年の女の子が三人で恋の話をしていて、「なんであの人を好きになったん?どこがいいん?」と聞くと、相手の子が「なんでとか、わからん…。直感や」っていうシーンとか、良すぎて、これで今度この店に自分がビールを飲みに行ったら、映画の世界に入り込むみたいで緊張しそうだ。 「淡路屋」はここから歩いても行ける距離らしい。和田岬という地名から海岸の方なのかと思っていた。すぐ行こう。 「思いつき」では、「ボケ防止にって息子がね、全部送ってくれるんですよ」と、お母さんがデジカメでお客さんの姿を撮って、すぐその場にある高性能なミニプリンターで写真をプリントしてプレゼントしてくれる。芝田さんと金子さんと三人で撮って、それぞれ1枚ずつもらう。 「思いつきっていうお店の名前がいいですね」って言ったら「思いつきで始めたお店ですからね」と言う。素敵だ。 4姉妹総出で送り出してくれる中を歩き、再び中畑商店へ。近所で納涼祭りがあるらしく、中畑商店に1000本ぐらいの発注があって、今日は朝から大変なんだとか。手が空いたところで何本か串をもらい、チューハイ飲みつつ過ごす。 「中より外の方が涼しいですねえ」と店の前の席で三人で飲む。そうしていると色んな人が来て、100円で50円の串を2本だけ買って行く中学生(最初俺に向かって「ホルモン2本」と言っていたから初めて来たのかな)がいたり、常連さんが、店の前のイチジクが熟れたのを取って「甘いとこだけ食べて捨てとき」と言って三人に一個ずつくれたり、隣のお好み焼き屋さん「ひかり」のお母さんは、近くの川崎重工に出前を運ぶのに自転車で何往復かしているらしかったり、近くの工事現場で働いているらしき男性が注文してあったホルモン串を引き取りに来て、そこに後輩が子連れで飲みにきていて「おお、先輩!久しぶりです」「おう、元気か、また飲もや」と会話していたり、それこそドキュメント72時間みたいじゃないかと思う。芝田さんも「はは、そうですね。ここは72時間に出るべきですねえ」と言う。 芝田さんは今は悠々自適の年金暮らしで、昔は都島の会社に勤めていたらしい。その頃は地下鉄がなくて、バスで天六から来ていたそうだ。飲み歩きが好きではあったが、写真に撮ってパソコン通信で発表し始めたのは80年代の末頃からだったようだ。本格的にライターとして本をまとめようと食べ歩きをし出したのはそれほど昔ではないようだった。とはいえ、お話を聞いていると隅から隅まで細かいことを覚えていて、また知識量もすごくて、まさに「生き字引」という言葉が浮かんでくるようであった。 イチジクをもいでくれたおっちゃんと後で来たミツムネさんが話していたのだが、神戸駅の方の大通り沿いに「ロボット刀削麺」という店が出来かけて、そのままオープンすることなく潰れたという。ガラス張りの店内に刀削麺をシャッシャッと削るはずのロボットが「今にもやりますよ」という姿勢で設置され、「〇月〇日オープン!」と謳われていたのが、中国で作られて中国で稼働することを想定された機械なので日本の電圧と合わなかったらしくうまく動かない。周辺の業者が手を差し伸べ、電圧の変換処理を行ってあげようとかけあったが、中国のオーナーは、日本の怪しい業者が声をかけてきたと勘ぐってしまったのか、それを受け入れることなくそのまま結局引き上げることになったらしい。ずっと同じ姿勢のまま、人目にさらされ、「何かが始まるぞ!」という気配だけを残して去っていったロボットが愛おしくて仕方ない。この気持ちはなんなんだろう。 1時間ぐらいいて、もう1軒行こうと新開地方面に歩き出してしばらくして、金子さんが「そうや、ナオさん、いいチェアリングスポットあるんですよ。芝田さん、ちょっとだけ歩いてもいいですか」と、コンビニでそれぞれ1缶ずつチューハイを買い、横溝正史の小説にも出てくるという川崎重工の赤レンガ横を歩いて海の見える場所へ。 すぐ左手にはハーバーランドの建物が見えオシャレな敷地が広がっているのに、その手前のこの場所は、ただ工場脇の堤防、という雰囲気で静かである。近くで花火大会がある時だけ、地元の人の穴場スポットとして混むらしいが、それ以外は誰もいない場所だそうだ。 浜辺ではないので波がザッと来るような感じではなく、海面がずっとうねっている。そのメタリックな表面の輝きを見ていると、たまに視界の隅で大きな魚が跳ねて、向こうの方を客船がゆっくり動いて行ったりする。良い場所。三人でずっと無言で見ていた。 しばらくいて、神戸駅方面で2軒目の居酒屋を探す。何軒か良い店があるらしいがどこも混んでいて、「まつむら」という居酒屋に。ここも金子さんは「お子さんは?」と聞かれ芝田さんは「お久しぶりー!」と言われるなじみの店。というか金子さんは神戸に来て3年だというのだが、この馴染みっぷりはすごい!自分は大阪で「おおー!久しぶりやね」と声をかけられる店なんか一個もない。そういう才能がそもそもない気がする。 その「まつむら」で飲んでいるうちにだいぶ酔ってきて、記憶がぼんやりしている。上手にしゃべれなかったに違いない。肉じゃがが美味しかった記憶。また意識のある時に行きたい店だ。 芝田さんとはそこでお別れとなり、金子さんが元町の駅前のウッドデッキスペースで飲みましょうと言うので、コンビニで酒を買ってそこで飲む。ヤマコさんにも今日のことを事前にお話していたのだが、残業の後に「顔だけでも出したい」と来てくれた。ヤマコさんが金子さんと話してくれるのでいよいよ自分は安心して横になることができ、ウッドデッキでウトウトするのみ。23時半ごろ、金子さんと別れてヤマコさんと電車に乗る。 途中、ヤマコさんに今日聞いた話で、これだけは伝えたいというものを話したくて、だが、それがまったく思い出せない。思い出せないままヤマコさんが降りる駅となり、別れた。あとで思えばそれは「ロボット刀削麺」の話だったように思う。
by chi-midoro
| 2018-08-12 16:58
| 脱力
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