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ブラックニッカ日々 2018-09-02

朝、体調がひどい。
目が覚めては起き上がれずまた眠ってを繰り返す。
何か食べないといけないと思いつつ、でも無理、いや、お腹減った、みたいな感じが波のように繰り返される。

実家でもらった山形の冷やしラーメンを作って食べたらちょうどよくお腹に収まった。

借りていた「アマデウス」を見る。

モーツァルトとその天賦の才に嫉妬するサリエリの関係をテーマにした映画。
最近はこういう、千回ぐらい名前を聞いたことがある名画ばかりを見たい気分。
「アマデウス」よかった。
好色で酒好きのモーツァルト像は史実に沿ったものではないとも言われるらしいが、
もしかしたらこういうやつこそ神の声を忠実に作品に映すことができるのかもとも思う。
また、サリエリの感じが悲しくて生々しくて、
モーツァルトに焦がれながらも裏で手回しして彼を貧窮に追いやる。
追いやっておいて自分の思うように芸術の果てに追いやり、
最高の作品を作らせようとする。
そして自分だけがその誕生に立ち会おうとする。
なぜ神はあんなやつに才能を与え、自分にはその才能を見抜く力だけを与えたのか、
そう問い続けるうちにサリエリは神に背き、
モーツァルトを死に向かわせる。

モーツァルトのオペラはサリエリの圧力もあって全然客が入らず、
皇帝にも理解されない。でもサリエリはそのヤバさを知っていて必ずこっそり見に行く。
モーツァルトが酒を飲みまくって書いた楽譜を盗み見てほとんど肉体的な官能を感じたりもする。

モーツァルトがオペラを上演するけどすぐに打ち切りになる、そのオペラの曲が本当にヤバい!っていう感じが、
まったくその価値が分からない自分にもちゃんと伝わるように迫力を持って描かれていて、それを見ているサリエリの代わりに涙が出る。

ゲオにDVD返しに行ってまた色々借りて、食材買って帰る。
夕飯はボーイズとカレー鍋。

この前、スマスイに行った時に平民金子さんが「月曜日の友達っていうマンガ、この辺が舞台なんですよ。あれいいですよ」と言っていて、同じマンガを前に古町MOIさんにも薦められていたのを思い出し、ゲオで探したらあったので借りてくる。

読んでみると、「金剛寺さんは面倒臭い」とか、あと「悪の華」っていうマンガとか、それらに出てくる、
過剰に繊細で文学的な感性を持った少女と通じるところがあるような主人公で、
自分はそういうのがちょっと苦手で、文学のいかにも文学っぽい部分だけをなぞっているように感じてしまうのだが、
このマンガにはその苦手さを越えるエネルギーがあって、それに押し切られるように最後は心が震える感じになった。
最後、主人公たちが去年まではいたけど今はもういない中学1年生の教室が描かれて、
そこにただ風が吹き込んでいるだけ、みたいな描写で終わる。
限りのある一瞬と、その後も何事もなかったかのように続いていく長い時間が射程に入っている感じがいい。

メテオさんにその話をしたら作者の阿部共実の過去作のことを色々教えてくれて、
それを見てみると中二的な感性と、それが真っ直ぐ過ぎて人を傷つけてしまう、みたいなことを繰り返し描いているようだった。
「どうして誰も自分のことを分かってくれないのか」「どうして他人の考えていることが自分にはわからないのか」ということがただただ不思議に思えてそのことを考え続けているようなマンガ家なのかもしれない。

「月曜日の友達」の中には須磨浦山上遊園も出てくる。ちゃんとあの景色そのままに描かれていて嬉しかった。

今読んでいる「アンダーグラウンド」について、検索したら感想を書いているブログが見つかり、
読んだら、全体的には面白いと褒めつつ、「だけど、ほとんどの体験談が似たようなもので、前半以降は同じことの塗り重ねばかりなので読むのが辛い」というように書いていた。

自分はその塗り重ねこそ好きなので意外だった。
おとといツイッターでふと見た動画で、ロシアかどこかの国で謎の火の玉が目撃され、
それを色んな人が撮影した映像がまとめられたものがあった。
それぞれの場所から同じ火の玉(隕石かな)を撮っている。
その感じがすごく好きで、好きとかいうと不謹慎かもしれないが「アンダーグラウンド」も、
前に読んだ関東大震災の証言本も、同じ出来事が大勢の人を貫いているのに惹かれる。

この前みた「ミッドナイトインパリ」の面白さも、芸術界の偉人たちがこんな風に一つの場所にいたなんて、というところが自分の感じた面白さの一つだった気がするし、今日みた「アマデウス」でも、モーツァルトのいた時代にベートーヴェンもいて、二人が会ったという話も、不確定ながらあるらしい。

違う人が特定の出来事や時代を共有して、その経験をそれぞれ好きなように記録したものを俯瞰したい。
そうすると去った時間が、3Dみたいにちょっと立体的に見える気がする。

これもいつも思っていて何度も書いたことだけど、
祖母が亡くなった時に、祖母がたまに参加していたという老人会の会長さんが弔辞を読んでいて、
「トシ子さんは手先が器用ではなかったけど根気強く折り紙を折っていました」みたいなことを言っていて、
祖母がそういう会にいる場面なんて想像したこともなかったので、まったく新しい視点が与えられたみたいな気がした。
そんな風に、誰かが見た祖母の場面を完全に集め切ることができたら、
亡くなった祖母がもう一度ありありと想像できるようになるんじゃないかと思った。
その考えも同じようなものかもしれない。

一日暇な今日、絶対仕事を進めるぞ!と思っていたのに結局仕事せず。
やる気が出ない。明日は頑張る。


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by chi-midoro | 2018-09-03 04:27 | 脱力
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