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ブラックニッカ日々 2018-11-12

シカク出勤日。
みゆきさんがこの前の「アーバンシカク」の際にキクザキさんから教わったという千鳥橋の「好廣」という食堂でお昼を食べることにする。
自分はラーメンを。みゆきさんが頼んだ親子丼がすごく美味しかったので今度はそれにしようと思う。
ずっとしゃべりまくるおじさんがいた。「話しかけてごめんな!怒らんといてな。おじさん足が悪いんや!真ん中の足だけは元気なんやけど」みたいなことを切れ目なく言ってくる。「家で一人でいても寂しいんや」と言っていた。舟小屋のある伊根の出身だと言っていたような、聞き間違いかもしれないが、それを聞いた時、おじさんのマシンガントークが脳の中で背景になって、いつか舟小屋に泊まってみたいなと想像した。

シカクではいつも通り新商品の登録作業をする。
「酒」の文字を図案化した酒グッズにパーカーやトレーナーや帽子が増えて、なかなかいいペースで売れているそうでよかった。

あぞさんが2階から降りて来て、久々にお話しする。

あっという間に19時となり、シカクを出て千鳥橋駅前の中華料理屋で味噌ラーメンを食べる。
今日2回目のラーメンだ。

畑中章宏「天災と日本人」を読み終える。
日本は(日本に限らずか)、昔から多くの災害に見舞われてきた。
地震、洪水、大雪、火山、台風などなど。
その都度、多くの人が死んだり、住んでいた場所を追われたりして、しかしそこから生き延びた人が、その時のことを言い伝えたり、神の怒りを鎮める祭りを続けていったり、その土地がどんな場所であるかを地名に残していたりする。それを読み解いていくような本。
内容的には「どこどの地方にはこんな災害が多かったから、こんな昔話が残されている」みたいなことが次々に書いてあって、なんというか、著者の考えが順を追って展開されていくような本ではなく、羅列を眺めているうちに、読んでいて思うことがどんどん濃くなっていくような本で、「このページのここを読んで!面白いから」と伝えられるようなものでもないのだが、今の大阪の大正駅の近くが、1854年に起きた大地震の影響で津波に襲われた。その翌年にその場所に碑が立てられて、そこには、大地震の起きた時には津波が来ることを覚えておくように、ということと一緒に「願わくば心あらん人、年々文字よみ安きよう墨を入れ給ふべし」と刻んである。というようなことが書いてある。その碑を作った人は、普通に未来の誰かに「墨を入れて読みやすくしてくれ」と語り掛けているわけである。

この畑中さんの本自体が、過去の人が未来に語り掛けるようにして残した言葉を受け取るような本で、これは本の感想からは脱線するかもしれないけど、今目の前にいる人としゃべることだけがやり取りなのではなくて、遠い過去の人や未来の人としゃべることもできる。

っていうとスピリチュアルくさいけど、そんなロマンチックな風じゃなく、例えば伝統芸能を継承している今の人は、千年前の誰かが残した形に身を捧げることで、その千年前の人とか、その後の歴史に連なって伝統をずっと守って来た人としゃべっているようなものだろう。モーツァルトの曲を全霊で演奏する今の演奏家はモーツァルトの言おうとしていたことを当然聞こうとしているだろう。ある時、「ああ、こういうことですね」と意味がわかって「そうそう、そういうことですよ」というモーツァルトの返事が聞こえることがあるかもしれない。

同じように、未来の誰かに本気で話しかけるように作られている音楽や文学や映画がある。そういうのが、自分にとってはすごく面白い。今生きてるんだから今の人としかやり取りできない、とも限らない。時間を隔てた人に届けようと思うと、今の人たちにウケなきゃ!みたいなせせこましい考えから抜け出せるかもしれない。

あと、湯浅学や根本敬がどこかに書いていた気がするのだが、過去が未来に影響を与えるという順番が必ずしも決まったものではなくて、未来に作られたものが過去に影響を与える、ということだって、無いとは限らない、勝新太郎の歌をビートルズが聞いて、なんとかという曲を過去に作った、みたいな。まあそれはちょっと面白い言い方過ぎるけど、とにかく、読んでいてそういうことを考える本だった。


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by chi-midoro | 2018-11-15 00:30 | 脱力
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