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ブラックニッカ日々 2018-12-3

シカクに出勤する予定の日だったがボーイを病院に連れていったりその後を見守ったりしていてだいぶ出遅れる。
週末、長野にライブしに来ていたアイノさんから連絡があり、今から沖縄に帰るところで大阪駅に向かっているというので、
駅構内で合流してコンビニ前で乾杯。
最近の活動のことなど聞く。ほんの一瞬だったが久々に会えてよかった。

急いでシカク出勤。
2時間ちょっとしかなかったのでがんばって一気に作業。
途中、強烈な眠気に襲われるがもらった饅頭やモナカを食べながら乗り切る。

夜はみゆきさんにもらった長崎みやげの「みろくや」のちゃんぽんを食べる。
麺がもちもちして太くて旨い。

「「太陽の塔」岡本太郎と7人の男たちを」読み終える。
今度2025年に大阪万博をやることが決まって、
まさにこの前「小商いのすすめ」に書いてあった、
オリンピックやって万博やって、あの高度経済成長期の成功体験を取り戻したい!みたいな安直な発想で、
しかも松井一郎がリーダーとなって一切なんも面白くないしょうもないものになり、そんなことに使ってる場合じゃない金が浪費されていくだけ。何かビジョンがあってやるんじゃなく、人を集めたい、(一瞬のぶわっとした)経済効果が欲しいみたいなことしか言ってないし考えれば考えるほど気が滅入る。
この本ももしかしてそういう流れで「日本にあのアツい時代を取り戻そうよ!」みたいなことが書かれている本なんだろうか、だとしたら嫌だな、と思っておそるおそる読んだのだが、幸いそんな感じではなかった。
というか、むしろ、「あの頃だからできた」ということが書かれている感じで、さらにあの頃だからできたっていっても、やはり当時も万博を手放しで楽しんでいたのはその当時ちょうど小学生~高校生ぐらいだった子どもだけで、それ以上の年齢層はどこかバカバカしいものに思っていたようなことも書いてある。
太陽の塔制作に関わった人たちに話を聞いていくのだが、やっぱり岡本太郎のエピソードが面白くて、

・塔の工事がほぼ終わった段階で岡本太郎が「あの腕をもうちょっと後ろにグーっと反らせた方がいい」と言い出し、タイミング的にまったく無理で、「わかりました!とりあえず担当者に伝えます」という感じでそれを伝えるだけ伝えて、後日、この前見たときとまったく同じ塔を見ながら「先生、やっぱりおっしゃる通り腕を反らせてよかったですね」って言ったら岡本太郎が「そうだろ?」と言ってニヤッと笑った
・岡本太郎が原型を作り、その形になんとか忠実に、でも建築技術として可能な範囲に収めながら裏方の人は図面を引いて作っていって、それでもやはり原型とは微妙な違いがある。できあがった塔を見た岡本太郎が「あれはオレの作品ではないんじゃないか?」と言った。
・塔の中に展示空間を作ることとかも当初は全然予定してなかったけど岡本太郎のアイデアでそうなっていった。展示って基本は水平移動で見ていくものなのにエスカレーターに乗って縦に移動しながら展示を見せるという発想がすごい。
・大屋根を貫いて太陽の塔が顔を出すという形に(これも予想外に)なったために、穴の開いた部分の下は雨が降ったら濡れる。それをなんとかしないとダメだという会議が行われた時に、岡本太郎が「名案がある!」と言って、「送風機を並べろ!」「雨が降ったら下から一気に吹き飛ばしてやる!」と真顔でいう。その場にいたエンジニアたちは何言ってんだと思いつつ、その変なこと言う岡本太郎が好きで、なんとかサポートしたいと感じていたと思う。
・70年万博には20代~30代のクリエイターたちが重要なポジションに器用され、それで色々と型破りなことができた。で、その若い人が器用されたのには、新しいものを求める時代の気分もあったけど、戦争で死んで上の世代のクリエイターがぽっかりといなくなっていたという理由もあったのではないか
・イベント終了後に取り壊す前提の太陽の塔だったが、作る側は10年後も残るものをと思って作っていた、それはロマンチックな思いというよりは、構造物として安全で、堅牢なものを作ろうと思ったらずっと残るものを、と思って作る必要があったからである。建築では計算上これぐらいの強度があれば十分という値にさらに強度を上乗せすることが多くて、その上乗せ分は「神様への捧げもの」と考えられている。予期せぬ災害もあるし、どうしても人間の計算には限界があるという考えが根本にある。
・腕の部分には「ショットクリート」という、コンクリートを打ち付けていくような工法がとられている。上から下に打ち付けるのはまだ楽でも、腕の下側の部分に下から吹き付けるのは相当な技術をもった職人しかできなかった
などなど、
岡本太郎の爆裂な勢いを現実化していくための裏話として面白い。

しかしやはり当時も万博は国家事業で、その時も「無駄な金だ!」つって、例えば赤瀬川原平なんかは「反博」を訴えていたし、それだから政府側は岡本太郎をかつぎ出して説得力を持たせたいと思ったのだろう(岡本太郎は、たくさんの周りの人が万博に協力するのはやめた方がいい!あなたの得にならないですと助言してきたので逆にやることにしたそう。パリ万博にピカソが「ゲルニカ」を出展したことが岡本太郎に万博に関わらせる根拠になったかもしれないと著者は書いている)。

そうして行われた万博は結果的には昭和の一大イベントとして印象を今に残していて、なにより太陽の塔は自分も大好きだけど、実際にそこから日本が良い方向に進んでいったりしたとかっていうことはなくて、ただ、「日本にもこんな規模のことができますよ」と戦後の世界にアピールする意味は大きな何かだったのかもしれない。

それはやっぱりその時、戦争の後の欠けた部分を取り戻すように万博がちょうどうまく機能した、ということで、今なんとなく不景気だからやる2025年の万博とは意味合いが違うと思う。新しく打ち出せる「未来!」みたいなビジョンもきっとない。というか人間は70年代にあったような宇宙に出て行く!みたいに広がりの方向性じゃなく、いかに限られた資源をセーブして使いまわしていくか、みたいな収縮の方向性に向き合わなきゃいけなくなっているから……というか原発事故の起きた国で未来の技術をアピールって皮肉すぎる。

2025年の万博にはどんな人が駆り出されるんだろうか。「えっ!岡本太郎がやるの!?横尾忠則も?」という感じは今に置き換えると誰になるんだろう。そんな人いるのか。いたとしてその人はやるだろうか。ドリカムとかミスチルとかが会場でライブして終わりみたいな感じなんじゃないだろうか。どうなっていくかジッと見なくては。



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by chi-midoro | 2018-12-05 12:08 | 脱力
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